赤穂城と大石内蔵助邸~大石神社【訪問記】播州赤穂城


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播州赤穂城(あこうじょう)は、国の史跡で加里屋城、大鷹城とも呼ばれます。

最初の築城(加里屋城)は、1466年~1483年頃に、岡光広がこの赤穂に築城したとされます。
関ヶ原の戦いのあと、姫路城を築城した池田輝政の弟・池田長政が赤穂領主となり、赤穂城の前身となる大鷹城を築城しました。

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その後、1613年に池田輝政の次男で備前岡山藩主の池田忠継が赤穂も領すると、一重の堀・石垣・櫓・門などが造営されたと言います。
1615年には、池田忠継の弟・池田政綱が赤穂藩主35000石となり、御殿が造営されました。
1631年、池田政綱が死去すると、弟・池田輝興が入封し、櫓・馬屋を増設。
1645年、池田輝興の発狂によって改易されると、一時、備中松山藩主・水谷勝隆が預かりましたが、浅野長直が53000石で入封します。

浅野家は1648年に近世城郭建設の徳川幕府許可を得て、赤穂城の改修を開始し、1661年に赤穂城が完成しました。

工事に13年も費やした赤穂城は、かなり籠城戦を意識した縄張りになっており、本丸は五稜郭が崩れたような変形をしていて、当時にしてはかなり洗練された最新型の城郭であることがわかります。
当然、財政を圧迫したことでしょうが、今でも赤穂市さん復元に頑張っておられるご様子です。

南は瀬戸内海に面しており、清水門の南には舟入が設けられ、船の出入りもできる構造となっています。

現在の赤穂城は本丸と二の丸がありますが、西側にはさらに広大な三の丸もありました。  

1701年、3代・浅野内匠頭(浅野長矩)が、江戸城中・松の廊下での刃傷事件を起こし、浅野家は改易となり、赤穂城は播磨龍野藩主・脇坂安照の預かりとなりました。
1702年、赤穂城に永井直敬が33000石で入り、浅野家再興が閉ざされると、赤穂浪士の討ち入りとなっています。
1706年からは森長直が2万石で入封し、廃藩置県まで森家が赤穂城主となりました。

雨の日に訪問した関係で、地面が濡れている写真ばかりですが、雨の赤穂城や大石神社の写真もお楽しみ頂けますと幸いです。
写真はクリックすると拡大致します。

かなり昔にも赤穂城へ訪問したことがあるのですが、少しずつ整備にも力を入れているようでして、かなり広い敷地が保存されていました。

土塁などもしっかり残されています。

赤穂大石神社

大石内蔵助良雄以下四十七士命と萱野三平を祀った神社が、赤穂城の城域にあります。

現在の大石神社では、赤穂藩主・浅野氏の3代(浅野長直・浅野長友・浅野長矩)と、浅野家の後に赤穂藩主となった森家の遠祖の七武将(森可成、森可隆、森長可、森成利、森長隆、森長氏、森忠政)が合祀されています。

赤穂浪士の事件の際には、徳川幕府の体面上、神社を作る事はできませんでたが、赤穂浪士を尊敬する人々によって、旧赤穂城内の大石邸跡に小さな祠が密かに設けられていたと言います。

その後、1868年(明治元年)には、明治天皇が赤穂浪士の墓のある東京・泉岳寺に勅使を遣わすなど理解され、明治33年に政府の許可が出て、赤穂大石神社が創建されました。
ちなみに、京都にも大石神社があります。

拝観時間は8時30分~17時です。

上記は義士資料館(有料)で、館内には赤穂浪士や森家の貴重な展示品も拝見できます。

大石内蔵助邸

浅野家筆頭家老・大石内蔵助が住んでいた屋敷跡が大石神社のすぐ脇にあります。

江戸城・松の廊下での刃傷事件が起こり、赤穂へ第一報を伝える急使となった早水藤左衛門と萱野三平が、叩いたのもこの門です。

国史蹟に指定されている瓢箪池を含む庭園は有料拝観可能になっています。

赤穂城と大石神社の見学所要時間は約90分ですが、赤穂城を半分くらいと言う事であれば60分といったところです。

まだまだ、赤穂城には見どころがありますので、豊富な写真と共に、家臣らの屋敷跡なども踏まえて、別ページにてもご紹介させて頂いております。

播州赤穂城の写真集~おつな雨風情の赤穂城

赤穂城へのアクセス・行き方ですが、電車の場合、JR播州赤穂駅より徒歩約15分です。
車の場合は、赤穂城の西側と東側に無料駐車場があります。
本丸への入場は、朝9時~16時30分までです。

大石神社の駐車場は下記の地図ポイント地点となります。
止められれば、大石神社の駐車場を起点に赤穂城も合わせて見学すると一番便利です。
地図は縮尺を変えてご覧願います。

姫路駅から播州赤穂駅は電車で約30分の距離ですので、是非、姫路城とセットでご訪問なさってみてはいかがてしょうか?

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