新宿の山吹の里伝説~新宿中央公園の碑と紅皿の墓(大聖院)

太田道灌の山吹伝説は、その候補地がいくつかありますが、今回は東京都新宿区の山吹の里伝説を、現地写真も踏まえてご紹介させて頂きます。
新宿で伝わる伝説では、太田道灌が高田の里(神田川の面影橋付近)へ鷹狩に来て、にわかに雨にあったとされます。
この「山吹の里伝説」に関しては、下記の太田道灌の項目にてご確認願います。

太田道灌の解説~忠義を貫いた扇谷上杉家の名将~伊勢原・太田道灌の首塚も

まず、都庁の脇にある新宿中央公園には「久遠の像」がありますので、行って見ました。


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久遠の像は山本豊一氏が制作した銅像で、江戸城を築いた太田道灌が鷹狩りをした際の、少女とのやり取りが表現されています。

久遠の像

この少女の名は「紅皿」(べにざら)と言い、太田道灌はのちに紅皿を江戸城に招いて歌の友としたそうです。
太田道灌が殺害されたあと紅皿は出家して尼となり、大久保に小庵を結んで太田道灌の菩提を弔いながら暮らしたと伝わっています。

都営地下鉄・大江戸線の「都庁前」のA5出口を出ますと、そこは新宿中央公園となります。
その新宿中央公園の北端に「久遠の像」があります。
下記地図のポイント地点の辺りがその場所です。

再び、大江戸線に乗り飯田橋方面に向かい、途中の「東新宿」で下車します。
東新宿駅ではA3出口から出ると、新宿イーストサイドスクエアの広場に出ますので、そのまま広場を東へと歩いて行きます。
そして、狭い通路を抜けると街に出ますが、そのまま道を真っ直ぐに進むと、小高い丘に少女・紅皿の墓がある大聖院となります。

ちなみに、大聖院は隣の西向天神社と並んでいます。

山吹の坂

上記写真の階段を登ると、大聖院です。

大聖院

かつてこの辺りは東大久保と呼ばれていたそうです。

山吹坂

この階段は短い階段ですが「山吹坂」と呼ばれています。

さて、紅皿の墓がある場所ですが、ちょっとわかりにくくて、グルッと回り込む必要があります。
大聖院の境内から北へ降りる階段を降りて、右にある駐車場へ登って行き、右手に折れると墓所があります。

紅皿の墓

境内からだとフェンスがあって入れませんので、回り込んでください。
下記地図のポイント地点の場所に紅皿の墓と伝わる墓碑があります。

面影橋の山吹の里の碑

新宿の早稲田に近い神田川に掛かる「面影橋」があります。
その橋の脇に「山吹の里の碑」があります。

面影橋の山吹の里の碑

なんでも、この辺りから新宿区山吹町までを、その昔は「山吹の里」と詠んだそうで、近くには山吹の里公園もあります。
なお、面影橋の「山吹の碑」は1686年年に建てられたそうです。
都電荒川線の面影橋駅から北の神田川を渡った、右側にあります。

山吹の里伝説は、歌舞伎で人気を博したこともあり、他にも埼玉県の越生町、東京都荒川区の町屋も伝承地となっています。

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