カテゴリー:おんな城主直虎

  • 石川数正~徳川家康の家老職を捨て、豊臣秀吉に寝返った智将

    石川数正は、1533年、石川康正(石川康政)の嫡男として三河で生まれた。母は松平重吉(能見松平家当主)の娘。幼名は助四郎(与七郎)。初名は石川康正(父と同じ名)。 1549年、松平元康(徳川家康)の父・松平広忠の死…
  • 本多忠勝~名槍が似合う戦国の豪将・徳川四天王としての生涯

    本多忠勝(ほんだ-ただかつ)は、三河国額田郡蔵前(愛知県岡崎市西蔵前町)にて本多忠高の長男として1548年に生まれた。母の名は小夜(植村氏義の娘)。 本多家は徳川家の本家に当たる安祥松平家に仕えており、三河安祥之七…
  • 井伊直政~井伊の赤鬼の異名を誇る徳川四天王

    井伊直政(いい-なおまさ)は、1561年2月19日、今川氏真の家臣・井伊直親の嫡男として、遠江国井伊谷(現在の静岡県浜松市北区引佐町井伊谷)の祝田で誕生した。幼名は井伊虎松(虎松)。 母は奥山親朝の娘(名前不詳)。父・…
  • 実際の武田勝頼の最後とは?【実際には討死した武田勝頼】

    天目山の戦いページにて記載した武田勝頼最後の出来事は、江戸時代の軍記・甲陽軍艦や甲乱記などに記載されている事項によるもので、武田勝頼が華々しく散ったように書かれている。 しかし、ご存知のとおり甲陽軍艦の記述は疑わし…
  • 実際の今川義元は凡将だったのか?~本当の今川義元は?

    駿河・今川義元は寸胴短足で馬に乗ることができず、合戦の時なども「輿」に乗り移動したと言われているが、その記述がある資料は江戸時代中期に書かれた物で、信憑性は極めて低い。 今の世でもそうだが「勝者」は抵抗勢力・敵勢力を「…
  • 徳川家康【超詳細版】~徳川家康にすごく詳しくなれる詳細版

     小生は今まで、あえて天下を取ったような大立身した武将には焦点を向けて参りませんでしたが、今回、徳川家康の「生き様」を深く知りたくなり、徳川家康について詳しく調べてみました。  当初、数日あれば大丈夫かな?と考えていた…
  • 武田信玄とは~智力溢れる戦略と人物像・性格は?

    甲斐の虎と呼ばれた、戦国大名・武田信玄。 甲斐源氏の武田信玄でしたが、甲斐国を統一した武田家でも、下剋上の世の中では、他の源氏の家系や親戚筋が権力を狙ったりと、闘争は絶えません。 実際に、武田信玄の曽祖父に当たる…
  • 織田信長と言う人物に迫る~【織田信長】の性格・人柄は?

     織田信長は1534年、尾張の那古野城にて織田信秀の嫡男(三男)として生まれた。  3男であったが、織田信長の母は、父・織田信秀の正室・土田御前であった為、織田家の嫡男扱いとなった。  幼名は吉法師。後継者として育て…

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気になる戦国女性

  1.  於菊(おきく)は真田昌幸の5女で、名胡桃城で生まれた。  真田信之・真田信繁らの妹に当たる。生年…
  2. 慶誾尼(けいぎんに)は、慶ぎん尼とも書きますが、1509年に生まれた村中龍造寺家の当主・龍造寺胤和(…
  3.  彦姫は、米沢城主・伊達晴宗の4女として、1552年?に生まれた。兄に岩城親隆・伊達輝宗などがいる。…
  4. 戦国時代には関東にも「足利氏姫」と言う女城主がいたと言うのは、あまり知られていないだろう。 157…

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  3. 遠藤直経(えんどう-なおつね)は、近江の須川城主・遠藤主膳の子として1531年に生まれました。通称は…
  4. 【治国平天下 ~柳生新陰流 天下統御の剣・柳生石舟斎と柳生宗矩】 柳生石舟斎・柳生宗矩と柳生一…
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