カテゴリー:城・館・神社・寺

  • 筑波・神郡の名刹「普門寺」

     インターネット上での記録が失われそうですので、下記の留めておく事に致しました。  茨城県つくば市神郡(かんごおり)にある名刹「普門寺」の記録です。  たまに普門寺境内を散策する方も見られます。 (さらに&hel…
  • 田代城と細野城(新野城)~神奈川県愛川町

     田代城は、小田原北条氏家臣の内藤下野守秀勝(内藤秀勝)が半原・田代・角田を領して1555年~1558年位に築城されたと考えられる。  田代中学校付近には居館が構えらたと考えられ、背後の山には、狼煙台が設けられたようだ…
  • 沼田竜替城(茨城県つくば市沼田字竜替)

     沼田要害城は、つくば市にある筑波山(876m)の麓(ふもと)の沼田地区にある、燧ヶ池(三角池)のすぐ北側の高台がその場所だ。ただし、高台と言っても比高はわずか5mほどである。  沼田地区は標高20m(推定)であり…
  • なぞの溝呂木城と溝呂木正重

     溝呂木城は神奈川県厚木市にあると考えられているが、実はどこにあったかが定かではない。 (さらに…)…
  • 小沢古城(こさわこじょう)と小沢城、小沢要害(相模国)

     神奈川県の相模原側から見ると、水郷田名「高田橋」(相模川)の愛川町側にあたる、相模川のすぐ横にそびえる標高80mの山が小沢古城になる。  のちの世、すぐ近くにできたとされる小沢城と区別する為、小沢古城(下記写真)と呼…
  • 伊豆・長浜城と北条水軍の駿河湾海戦~長浜城の訪問記

    伊豆の長浜城は、駿河湾に面する重須湊を守るための城と考えられ、戦国時代関東一円を治めた北条氏の北条水軍の基地であった。 (さらに…)…
  • 逆井城(飯沼城)のみどころ~櫓門、橋、塀、主殿、二層櫓などが復元

     江戸時代の新田開発(干拓)により湖水こそなくなったが、逆井城(さかさいじょう)は南北30km、東西1kmを誇った飯沼の中央でカギ形にカーブする所の標高20mの台地先端にあり、城の北側は飯沼が洗い、西側は入り江の蓮沼に接…
  • 枡形城(桝形山城)~稲毛有重の稲毛荘

    枡形城(ますがたじょう)  小山田有重(母は宇都宮宗綱(八田宗綱)の娘)の子・小山田重成が、源頼朝の正室・北条政子の妹を妻に迎え、多摩丘陵にあった広大な稲毛荘を所領とし、1195年頃、枡形山に枡形城を築城。  そ…
  • 新井城(荒井城)と三浦道寸の墓~三浦半島、三浦氏・三浦水軍の拠点

    まずは相模・新井城(あらいじょう)の生い立ちからご紹介したい。 鎌倉幕府創設に多大な貢献をした三浦氏であったが1213年、新井城からも程近い和田城を領し、幕府の侍所を努めていた三浦一族の和田義盛が和田合戦で執権・北…
  • 神倉神社(南紀)の神秘と歴史に迫る

    神倉神社は日本列島に人間が住み始めた古い時代から信仰の対象であり、熊野神社が出来るより遥か以前からありました。ちなみに、神倉神社の近くにある熊野速玉大社は神倉神社の伊邪那美神が移ったもので、神倉山にあった元宮に対して熊野速玉大社のことを新宮と呼ぶ事から、新宮市と言う地名にもなっています。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
 スポンサーリンク

気になる戦国女性

  1. 古文書に魅了されて早うん年の戦国未来(せんごくミク)と申します。 今回ご紹介するのは、『以貴小…
  2. 瀬名(せな)とも言う築山殿(つきやまどの)は、今川家一族の駿河持船城主・関口親永(関口刑部少輔)(ま…
  3. 戦国時代には関東にも「足利氏姫」と言う女城主がいたと言うのは、あまり知られていないだろう。 157…
  4. 曳馬城主である飯尾連竜(いいお-つらたつ)は、今川義元に仕えていた。 飯尾致実(いいお-のりざね)…

人気の戦国武将

  1. 甲斐宗運(かい-そううん)は阿蘇神社大宮司・阿蘇惟豊の筆頭家老である甲斐親宣の子として生まれた。 …
  2. 1582年6月2日の本能寺の変で織田信長を倒して明智光秀ですが、なかなか味方してくれる大名がいなく苦…
  3. 稲葉一鉄(いなば-いってつ)は、土岐頼芸の家臣・稲葉通則の6男として、1515年に美濃池田の本郷城に…
  4. 広島城(ひろしまじょう)は1589年に築城された輪郭式平城で、別名は鯉城(りじょう)、在間城(ざいま…
限定「頒布」開始しました。無くなり次第終了です。
戦国オリジナルバック
 スポンサーリンク
当サイトでは
Android app on Google Play
↑ アプリ版もあります
 オリジナル書籍
柳生一族
2016年10月、書籍・電子書籍にて販売開始

 オリジナル電子書籍

2016年8月、戦国武将研究会著作
ページ上部へ戻る