八王子城の探訪記と写真集~第3章~八王子城の魅力と登城の注意


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→ 八王子城 探訪記と写真集 第2章 からの続きです。

 八王子城は、標高460mの関東屈指の大規模な山城です。しかも、築城技術が高かった北条家が普請した防御能力の高い城ですので、平和な現在でも、本丸まで攻略するとなると、それなりの装備と覚悟が必要です。

 まず、装備ですが、基本的に「軽登山」の用意が必要です。でも比高220mですので、登山の経験が無くても、装備に問題なければ、どなたでも気軽に登る事ができる比較的優しい山です。
 靴は、ハイキング用・登山用のものでないとキツイと言うより危険です。天候が悪そうな時は雨具の準備も必要ですね。
 そして、春から夏は、熱中症対策で「飲み物」を持参したいところです。喉が渇いたと思う前に、少しずつ水分を補給するのが重要となります。
 山頂付近にはテーブル・ベンチもありますので、お弁当持参でも良いですね。
 私の個人的なお勧めとしては、八王子城などの山城に対して「トレッキング・ストック」をお勧めしたいです。

 
 トレッキング ストック

 ストック(ポール)があれば、転倒防止にもなりますし、特に下る際に足の踏ん張りを軽減してくれるので、関節への負担を軽減し、体力消耗を抑えられるので、下山後の疲労感も全然違ってきます。これ、ホントです。
 山城であれば、2本ではなく、1本のストックがあれば充分。できれば、ポールの中にダンパー(クッション)があるタイプを購入すれば、ポールを持つ腕への負担も抑えられます。
 私のいつもの山城装備もご参照下さいませ。

 さて、八王子城の無料駐車場は、朝8時30分~17時まで。土日でもイベントが無い限り、満車になることはまずないと思われます。
 時間があれば、先に「八王子城ガイダンス施設」(入館無料)に寄って、豆知識を得てから登ると更に楽しめます。
 登り口となる近藤曲輪には現在「八王子城野外模型」があるので、その模型を見てから、八王子城に登ると地形や道を把握しやすいです。

 さて、今回は、金子曲輪が見れない旧道からは登らず「新道」から登りましたが、八王子城は所々にベンチがあるので、自分のペースに合わせて小休止しながら登れます。
 第2章までの内容で登ったあと、松木曲輪を見て、詰の城方面にちっょと下ると、坎井(かんせい)の井戸が現れました。(標高424m)

 今でも飲めるらしいが、保健所は禁止しているらしく、心配な方は、水を自宅に持って行って、沸かしてから飲むと良いと存じます。
 籠城する山城の水の手として、このように井戸などの水源がない城は、長期の籠城が不可能なので、戦国時代の山城をどこに築城するかに当たっては、水か得られると言うのが大前提です。

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 その後、再び景色を楽しみながら柵門付近まで下がり、柵門の場所から数メートル登った分岐(看板無し)から、山王台方面への狭い道に入り、御主殿に下がる道を下山しました。(旧道への下山道ではないですよ。)
 こちら様の八王子城マップが非常に参考になりました。現地にてスマホに表示して、チェックしながら進ませて頂くことができました。
 今まで通った開けた道とは異なり、一人が歩行できる程度の狭い道をせっせと進みます。かなり進むと「山王台」に至りましたが、ところどころのクモの巣対策としてストックを振り回すのは非常に効果がありました。

 山王台を下から望むと、山肌に巨石が露出しています。
 そして、七曲のようにジグザグの小道を下っていきます。

 そう、この辺りは「石」が多いです。
 そして、八王子城の御主殿から登ると、この山王台に到達するので、この辺りも防衛陣地が構築されており、下記のような「石垣」が組まれています。八王子城見所の一つ『四段石垣』です。
 戦国時代の関東の城で、石垣が用いられているのは、非常に珍しく、なかなか見れません。(江戸時代以降の築城では石垣は当たり前となっていますが・・。)

 そして、石垣の前にある、ちょっと大きな岩。八王子城主・北条氏照の腰掛石との言い伝えがあります。
 当然、私も城主気分になってちっょと座ってみましたが、どうも、石切台?のように見えます。

 そして、カドのとがった石がたくさんゴロゴロしている道を、ひたすら下がっていくと、突然、御主殿北西の端に降りてこられました。
 八王子城の全体の感想と致しましては、山頂まで登るのは装備さえあれば、危険な箇所も余り無く、津久井城よりも優しい山城だと感じました。子供連れでも大丈夫です。

 下記は、落城の際、燃えたと言え御主殿跡地から八王子城の山頂を望む写真です。
 山頂まで行かなくても、この辺りまでなら、登山の用意不要で普通の靴で、いつでも気軽に訪れる事ができます。

 上記は御主殿の玄関口となる大きな虎口。

 引橋は復元と言うか、大きな木製の橋を掛けたと言う感じですが、戦国時代の橋は、敵が攻めてきたら、橋を引いたりして、渡れなくしていました。このような引橋(曳橋)は、北条家の城では、滝山城・津久井城・山中城にもあったようです。
 ただ、八王子城の引橋は、この写真を撮影した場所から掛かっていたらしく、その遺構を保護している為、現在ある橋の位置は正しくないようです。
 なお、現在の橋は橋梁部に変形が発見され安全性に問題が生じた為、2013年9月18日より通行止となっていて、対岸の正式な八王子城への主要道「古道」から渡れなくなっています。
 その古道の広さは、築城時はもっと広い道だったようで、織田信長安土城と同等クラスの道路だったとの事です。

 上記の写真は、アシダ曲輪から城山川沿いに繋がる林道から撮影した物です。
 この辺りは、城山川を堰き止めて「ダム湖」とし、水を張った堀にしていたとする説もあります。
 その為、わざわざ対岸に主要道「古道」を作り、橋で渡したと考えられ、私もそのダム湖説を支持したいと存じます。

 八王子城の有名な「御主殿」の滝。北条氏照の正室や娘などが身を投げたと伝わる滝ですね。川の水はとてもキレイです。
 でも、落差は2mくらいなので、身を投げたと言う話は、この川(ダム湖)に身を投げたと言うのが、更に悲壮感を得られるようにした、江戸時代の創作だと推測しています。
 心霊スポットとしても有名です。

 大手門があった開けた場所を望みます。
 この日は、八王子城を探訪すると言う客人よりは、野鳥の写真を取る高齢者の方が、圧倒的に多かったです。

 2012年にオープンした八王子城ガイダンス施設です。新しいのでキレイで、入館無料。トイレも、もちろんキレイで、お弁当を飲食できるスペースもあります。
 日本100名城のスタンプもこのガイダンス施設の受付に設置されています。
 八王子城の事がわかりますので、登城前、最悪、帰る際にでも、是非お立ち寄りください。

 以上、八王子城の山頂まで登って降りて、約2時間30分の行程でした。

 土日祝日に限りますが、JR高尾駅北口より「八王子城跡」行きバスも、朝7時から約1時間に1本運行されています。

 今回は、時間があったので、まだ訪れていない付近にある「北条氏照と家臣の墓」をお参り致しました。

 → 八王子城 探訪記と写真集 第4章 北条氏照の墓 に続く

 → 豊臣勢による八王子攻めの詳細はこちら

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  1. 2015年 4月 03日

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