八王子城 探訪記と写真集~第4章(最終)~北条氏照の墓


スポンサーリンク
スポンサーリンク

 → 八王子城 探訪記と写真集 第3章 からの続きです。

 今回は、せっかくなので、まだ訪れたことが無かった、北条氏照と家臣の墓をお参りさせて頂きました。
 ただし、ちょっと八王子城からは離れた場所にあります。

 小さい車であれば、墓石の石材工場脇の道路に入り、タイル敷きの細い道を進むと、橋の手前に数台の車を止められるスペースがありますが、八王子ガイダンス施設からだと徒歩でも5分くらいの距離です。

 小さな橋を渡るとすぐに下記の登り口が見えてきます。
 きちんと階段になっているのは良いのですが、この手の階段は単調で疲れます。約200段あります。正直、ストックを用いても、八王子城を登った時よりすごく疲れました。

 階段を登り切ったところにお墓があります。
 ※各写真はクリックすると拡大します。

 真ん中の大きな墓石が、北条氏照の墓ですが、この墓は八王子城が落城した約100年後の江戸時代に造られたものです。
 左右は北条氏照の家臣・中山家範と、その孫である中山信治の墓です。
 この中山信治は、八王子城で討死にした中山家範(中山勘解由)の次男・中山信吉の4男です。中山信吉は徳川家康に召し抱えられると気に入られ、水戸藩主の後継として水戸光圀を将軍・徳川家光に推挙した有力者になっていました。
 その子である中山信治も常陸の水戸藩附家老であり、常陸松岡藩20000石の大名となっており、この地に供養として墓を建てたのですね。
 良く見ると、背後に石塔群がありますが、北条氏照の家臣団の墓とされています。

 スポンサーリンク


 なお、北条氏照自身は、小田原城下で切腹しましたので、墓とされる物は、小田原駅近くの繁華街の一角に、北条氏政・北条氏照の墓が存在します。

 以上で、八王子城訪問を終え、この北条氏照の墓参りは、かなり堪えましたので、駐車場に戻る際、途中の自動販売機で栄養ドリンクを買いました。
 そしたら、いつも運が悪い私にとっては、非常に珍しい事が起こりました。なんと、ジュースもう1本の「当たり」となったのですね~。!(^^)!
 お陰様で、キレートレモンを無料で調達。
 その時、ふと思ったのが、北条氏照殿や八王子城で奮戦した家臣の皆様が、今回の訪問を少しは褒めて下さったのかな?と感じました。
 直前に滝山城も寄りましたしね。

 と言う事で、お昼になりましたので、戦国炎舞の昼合戦をこなして、よせば良いのに、本日3軒目となる登城に出発したのは言うまでもありません。

 ※中央高速に乗って小山田信茂岩殿山城に行こうかと思いましたが、北条家繋がりで津久井城を訪問してしまいました。

スポンサーリンク

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

 スポンサーリンク

気になる戦国女性

  1. 奈多夫人(なだふじん)は大友義鎮(大友宗麟)の継室です。 奈多城主でもある八幡奈多宮の大宮司・奈多…
  2. 阿古姫(あこひめ)は、長宗我部元親の3娘です。 長宗我部氏の家臣で、上ノ加江城主である佐竹親直…
  3.  淀殿(よどどの)は1569年に近江・小谷城にて誕生した。  父は浅井長政で、母は織田信長の妹・お…

人気の戦国武将

  1. 5歳の時に疱瘡に掛かり、一命は取り留めるものの右目を失った梵天丸。 米沢にて虎哉和尚や片倉景綱に鍛…
  2. 広島城(ひろしまじょう)は1589年に築城された輪郭式平城で、別名は鯉城(りじょう)、在間城(ざいま…
  3. 高知城(こうちじょう)は、別名を鷹城(たかじょう)とも言う、梯郭式平山城です。 江戸時代に建造され…

オリジナル戦国グッズ

限定「頒布」開始しました。無くなり次第終了です。
戦国オリジナルバック

 スポンサーリンク
当サイトでは
Android app on Google Play
↑ アプリ版もあります
 オリジナル書籍
柳生一族
書籍・電子書籍にて販売開始

 オリジナル電子書籍

戦国武将研究会著作
ページ上部へ戻る