花崎城~湧水で綺麗な水堀と空堀がある遺構


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花崎城(はなさきじょう)は、埼玉県加須市花崎にある平城です。

栗原城(久喜市)の支城と言う位置づけだったようですが、1561年4月に長尾景虎(上杉謙信)が小田原城北条氏康を攻めます。
その帰り道である8月になって、上杉家に従った羽生城主の木戸忠朝(木戸宮内少輔)が、花崎城を攻撃しています。

粟原城主・細萱光仲(細萱民部小輔光仲)は、この時、70騎にて小田原城での籠城に加わっており、花崎城には、まだ11歳だった細萱泰秀(細萱半左衛門泰秀)が守備していたとされます。
ただし、花崎城と粟原城も落城したようです。

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また、1574年には北条氏繁が攻めており、この時、花崎城は降伏しています。また、この頃は関宿城も陥落しています。

本丸部分が「城山公園」として残っています。

水堀(沼利用?)もあります。

北側を通過している東武伊勢崎線の向こう側まで城域だったようで、そたちらは「城址公園」と言う林になっているようですが、馬出跡との事です。

花崎城には障子堀(畝堀)もあるとのことですが、気がつきませんでした。
どうも、線路の向こう側である北側の遺構として、昭和55年~56年に発掘調査した際に、障子堀(畝堀)が確認できたようで、遺構として現在も見られるものではないようです。

なお、なかなか見ごたえある空堀もあります。

だいぶ埋まってしまっているようですが、昔はもっとハッキリしていたものと推測致します。

湧水があるようで、この花崎城の場所からは、縄文時代の遺構も出土しており、花崎遺跡(はなさきいせき)とも呼ばれます。

さて、花崎城の場所ですが、下記の地図ポイント地点となります。
こんなところに水堀があるだけでも珍しいですので、是非訪れてみて下さい。

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