連載:戦国未来の古文書お気軽読み 第15回 『井伊家伝記』「第5段 共保公共資公之御養子ニ相極事」


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古文書に魅了されて早うん年の戦国未来(せんごくミク)と申します。

今回ご紹介するのは、『井伊家傳記』より「第5段 共保公、共資公の御養子に相極まりし事」です。

『井伊家傳記』は、龍譚寺九世住職・祖山法忍が、記録や口伝を基に、正徳5年(1715年)に書き上げた井伊家の由緒書(全66段)で、龍潭寺に保管されています。写本は数多く存在しますが、中でも二宮神社の神主の中井直恕(『礎石伝』の著者)による元文5年(1740年)の写本「乾坤本」(彦根市立図書館蔵)には独自の注が付けられていて、注目に値する写本となっています。

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内容はと言うと、たとえば、井伊直平引馬城主であったとするなど、史実とは思われないことも書かれていますが、遠江井伊氏研究のバイブル(基本史料)であることには間違いありません。

では、早速、「第5段 共保公、共資公の御養子に相極まりし事」について読んでみましょう。

【未来のお気軽訳】 共保公、共資公の御養子に相極まりし事

一 井伊家始祖共保公が7歳の時、領主の藤原備中守共資公は、井伊谷八幡宮の御手洗の井戸から赤ん坊が生まれたという奇瑞をお聞きになられ、共保公を養子にされた。共保公が元服されると、共資公は、実の娘と結婚させ、家督を相続させた上で、遠江国の支配権を譲った。そして、共保公の嫡子である共家公は、遠江守に任命された。

です。

『井伊家伝記』は、「井戸の出入り」(「出入り」とは「訴訟」のこと。その多くは、「山論」とか「水論」(村落同士の山の木とか川の水の権益を巡る紛争)を指す)の時に寺社奉行や彦根藩に提出した書類の控え(写し)を年代順に並び替えてまとめた本だと思いますが、時として同じ内容が繰り返し出てきます。この段を読むと、「共保が藤原共資の養子になったことはもう聞いた」と言いたくなります。

井伊氏は、「藤原氏である」と自称していますが、祖山和尚が言うように、初代共保が藤原共資の養子では、共保の子は「父親は井戸から生まれ、母親は藤原氏」ということになります。その子にしても、子孫にしても、「藤原氏である」と名乗るためには、「父親が藤原氏」である方がいいと思います。「井伊共保は藤原共資の実子で、母親は井端谷氏(三宅氏の後裔)」と考えたほうがスッキリします。(スッキリするから、それが史実だとは限りませんが。)「井伊共保公出生井」の案内板は2016年に新しくなりましたが、以前は下のようなものでした。

 

<写真:「井伊共保出生井」の旧案内板>

浜松市指定史跡
井伊氏祖 共保公出生の井
この井戸は井伊家の始祖井伊共保公出生の井戸として往古から伝承されています。一條天皇の寛弘年間藤原鎌足十二代の子孫備中守共資(ともすけ)公が遠江介(とおとうみのすけ)として村櫛へ下向、元旦、領内平安祈願のため渭伊神社へ参拝されました。たまたま神域の当井戸の傍に嬰児を見付け抱上げつくづく見れば、俊秀麗顔、常人にあらずまことに神授の神童なることを覚り己が子と致しました。後年共資公が自身の一女と婚せしめ、郷名にちなみ名を井伊共保と称し当地方の宰主となり家紋をこの聖井を型取り、井桁に橘を以ってし、名門井伊氏の基を開いたと謂われます。

 又、史説として、天日槍命(あまのひほこのみこと)三十二代三宅好用(こうよう)、醍醐天皇の延喜年間奈良より荘司として着任、この井戸の傍に居を構え、それより三代目の井端谷篤茂(いはたやあつしげ)の娘が共資公に嫁し共保を生誕したとも伝えられます。三宅の家紋は橘であります。
浜松市教育委員会

どうでしたか?

感想をコメント欄に書いていただければ幸いです。

では、最後に原文を載せておきますね。今回の記事を参考に、解読に挑戦してみてね。

共保公共資公之御養子ニ相極事

一 井伊元祖共保公七歳之時、領主備中守共資公、則、八幡宮御手洗ゟ誕生之奇瑞を御聞き及び、則、御養子ニ被成候。共保公御元服、共資公實之息女を御祝言婚儀相調、御家督御相續之上、遠江國一國御預御支配被成候故、則、嫡子共家公、則、遠江守ニ被任候。

(つづく)

 

連載:戦国未来の古文書お気軽読み 第1回 『以貴小伝』 築山殿(長男・松平信康の母)
第14回 『井伊家伝記』「第4段 橘之御紋并井字旗幕之御紋之事」
戦国未来の連載シリーズ一覧
井伊谷城と井殿の塚の訪問記~駐車場情報など【おんな城主・直虎】
大河ドラマで注目「龍潭寺」みどころと南渓瑞聞とは~井伊家発祥の井戸も

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