連載:戦国未来の古文書お気軽読み 第16回 『井伊家伝記』「第6段 井伊保居城之事并井伊御家名始之事」


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古文書に魅了されて早うん年の戦国未来(せんごくミク)と申します。

今回ご紹介するのは、『井伊家傳記』より「第6段 井伊保居城の事、並びに、井伊御家名始の事」です。

『井伊家傳記』は、龍譚寺九世住職・祖山法忍が、記録や口伝を基に、正徳5年(1715年)に書き上げた井伊家の由緒書(全66段)で、龍潭寺に保管されています。写本は数多く存在しますが、中でも二宮神社の神主の中井直恕(『礎石伝』の著者)による元文5年(1740年)の写本「乾坤本」(彦根市立図書館蔵)には独自の注が付けられていて、注目に値する写本となっています。

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内容はと言うと、たとえば、井伊直平引馬城主であったとするなど、史実とは思われないことも書かれていますが、遠江井伊氏研究のバイブル(基本史料)であることには間違いありません。

では、早速、「第6段 井伊保居城の事、並びに、井伊御家名始の事」について読んでみましょう。

【未来のお気軽訳】 井伊保居城の事、並びに、井伊御家名始の事

一 井伊家始祖である井伊備中守共保公は、(村櫛郷を離れ)生まれ故郷の井伊郷へ移ると、井伊保(井伊領)内で(城を築くには)城山がよいとして、その山に城を築いて居城とされた。共保公は、生まれた場所である井伊郷に居城を築いた縁で、「井伊」と名乗り、これがご家名となった。(他説として、昔は「井」という一字名字だったのか、軍記物に「井早太」(『平家物語』)、「井八郎」(『保元物語』)、「井弾正左ヱ門」(『太平記』)が登場し、名字はどれも「井」一字ではあるが、元来、「井伊」と二字名字であった。)これにより、井伊共保公を井伊氏の始祖とする。
16代井伊肥後守直親公(「祖山系図」による。「彦根系図」では23代)が掛川城下で討たれて以後は、15代井伊信濃守直盛公(「祖山系図」による。「彦根系図」では22代)の娘の次郎法師が、(直親公の嫡子の)直政公がまだ幼かったので、後見人となられた。(次郎法師は、井伊保の)地頭(領主)となり、永禄11年(1568年)までは城主を務め、城は存在していた。この居城があった山は、今は「城山」といい、追手(大手)門の石垣と御所丸の「假山」(石を積み上げて作った築山)が今でも残っている。

です。

 

【苗字に関する基本用語】

①本貫地(ほんがんち):氏族集団の発祥地。中世以降、武家の苗字の由来となった土地(「名字の地」「一所懸命の土地」とも)を「本貫」「本貫地」と呼ぶようになった。

②在名(ざいみょう):居住地の名をとって付けた苗字。「井伊」は、本貫地の郷名による在名である。

井伊氏の本貫地(居住地)の「井伊谷(いいのや)」は、古文書には「井ノ谷(いのや)」ともある。『和名類聚抄』の「遠江国引佐郡渭井郷」にある谷である。往古、「井郡」と言ったが、和銅6年(713年)5月の「諸国郡郷名著好字令」(「好字令」「好字二字令」とも。国・郡・郷の名は「好字」(縁起の良い漢字)2字で表記し、『風土記』を書けという命令)により、「井(i)」が「渭井(ii)」になったという。(「渭井」の読み方は、「いい」と言うより「いー」に近い。今でも「井伊谷」の読みは、「いいのや」より「いーのや」に近い。)

※「制。畿内七道諸國郡郷名着好字。」(『続日本紀』(巻六)和銅6年(713)5月2日の条)

ちなみに、「井伊保(いいほ)」とは、「井伊領」「井伊荘」のことで、旧・引佐郡全域と考えられています。

それはそうと、この段、タイトルにあるように家名「井伊」の由来は前半部分で、後半は、突然、井伊直盛の娘・次郎法師の話となっているのはなぜ?

 

<写真1:大手門(土塁のみで石垣は無い。)>

<写真2:假山>

 

「書院の假山」は、「御所丸の井の宮陵」と呼ばれ、その名から宗良親王の御陵(墓)とする説もあります。

 

どうでしたか?

感想をコメント欄に書いていただければ幸いです。

では、最後に原文を載せておきますね。今回の記事を参考に、解読に挑戦してみてね。

井伊保居城之事并井伊御家名始之事

一 井伊元祖備中守共保公出生之郷故、井伊保城山を見立、城をき津き居城。共保公出生之在名居城之縁に依りて「井伊」と云を以、初て御家名とな流也。(或言。往古、「井」と云一字名字か。諸軍記、井早田、井之八郎、井弾正左衛門と云如く、「井」一字と云共、元来、「井伊」と二字名字なり。)依之、共保公を井伊氏の元祖と申奉る也。
共保十六代井伊肥後守直親公討死以後ハ、井伊信濃守直盛公之息女之次郎法師、直政公御幼少故、後見被成候て、地頭職被成、永禄十一年迄ハ、城、有之候。居城之山、今以「城山」と名、追手之石掛、書院假山之旧跡尓今有之。

(つづく)

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