連載:戦国未来の古文書お気軽読み 第17回 『井伊家伝記』「第7段 共保公御法名之事自浄院御菩提所之事」


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古文書に魅了されて早うん年の戦国未来(せんごくミク)と申します。

今回ご紹介するのは、『井伊家傳記』より「第7段 共保公、御法名の事、自浄院御菩提所の事」です。

『井伊家傳記』は、龍譚寺九世住職・祖山法忍が、記録や口伝を基に、正徳5年(1715年)に書き上げた井伊家の由緒書(全66段)で、龍潭寺に保管されています。写本は数多く存在しますが、中でも二宮神社の神主の中井直恕(『礎石伝』の著者)による元文5年(1740年)の写本「乾坤本」(彦根市立図書館蔵)には独自の注が付けられていて、注目に値する写本となっています。

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内容はと言うと、たとえば、井伊直平引馬城主であったとするなど、史実とは思われないことも書かれていますが、遠江井伊氏研究のバイブル(基本史料)であることには間違いありません。

では、早速、「第7段 共保公、御法名の事、自浄院御菩提所の事」について読んでみましょう。

【未来のお気軽訳】 共保公、御法名の事、自浄院御菩提所の事

一 井伊共保公は、生前、自浄院を菩提所とお決めになられた。井伊共保公は、第73代堀河天皇の御世である寛治7年(1093)8月15日に亡くなられ、自浄院に埋葬された。御廟所は今も残されている。この御廟所は、井伊20代直該公(「祖山系図」による。「彦根系図」では、井伊27代直興)が御修造されたものである。

井伊共保公の戒名は、
「自浄院殿前備中太守行輝寂明大居士」
である。

次郎法師の御寄進状に、「自浄院領は、行輝(井伊共保)のために、西月(井伊直平)が寄進したものに間違いない」とある。「西月」とは、井伊13代信濃守直平公(「祖山系図」による。「彦根系図」では、20代)の戒名(渓雲院殿西月顕祖大居士)である。

です。

【「法名」「法号」と「戒名」】

仏教では、生きている間の名前を「俗名」といい、死後の名前を「法名」「法号」「戒名」といいます。これらの使い分けは宗派です。

・法名(ほうみょう):浄土真宗

・法号(ほうごう):日蓮宗

・戒名(かいみょう):臨済宗

臨済宗妙心寺派の祖山和尚が「法名」としているのは謎です。

【臨済宗の戒名構成】

「●●院(院殿)■■▲▲◆◆」

・●●:尊称。「院・院殿」の次が「軒・庵・斎」など。

※「院殿」号は、寺を建立して寄進するほどの武士に与えられた。

・■■▲▲:広義の「戒名」(■■が「道号」で、▲▲が(狭義の)「戒名」)

※「道号」は故人の生前の徳や性格、業績などを表した言葉。
・◆◆:位号。「(大)居士・大姉」「信士・信女」「童子・童女」「孩子・孩女」「嬰児・嬰女」など。(他には「(大)禅定門・(大)禅定尼」。)

 

井伊共保公の戒名は、「自浄院殿行輝寂明大居士」です。

・自浄院殿:院殿号があるということは、有力武士ということ。

・行輝:道号。

・寂明:戒名。

・大居士:「居士」よりも格が上。

最高級の戒名です。

 

<写真1:龍潭寺の御霊屋(おたまや)の井伊共保ご位牌と像>

<写真2:龍潭寺の井伊共保の墓 ※現在は立入禁止>

<写真3:渋川城(渋川井伊氏居館)の井伊共保の墓>

<写真4:井伊共保公之碑(洞雲寺)>

どうでしたか?

感想をコメント欄に書いていただければ幸いです。

では、最後に原文を載せておきますね。今回の記事を参考に、解読に挑戦してみてね。

共保公御法名之事自浄院御菩提所之事

一 井伊共保公御在世之節、自浄院を御菩提所と相定被成候。人皇七十三代堀川院、寛治七癸酉之八月十五日に御遠行。則、自浄院ニ葬之。御廟所尓今有之。右御廟所、共保二十代井伊直該公、御修造被成候。

法名「自浄院殿前備中太守行輝寂明大居士」

次郎法師御寄進状ニ「自浄院料為行輝西月寄進之上、不可有相違」と有之。西月ハ、共保十三代井伊信濃守直平公之法名也。

(つづく)

連載:戦国未来の古文書お気軽読み 第1回 『以貴小伝』 築山殿(長男・松平信康の母)
第16回 『井伊家伝記』「第6段 井伊保居城之事并井伊御家名始之事」
戦国未来の連載シリーズ一覧
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