掛川城の訪問記・写真集~遠州の名城


スポンサーリンク
スポンサーリンク

掛川城と言えば、山内一豊が有名だが、掛川城は、今川家が滅亡した舞台にもなった城です。

現在の天守は1994年に再建されたものですが、日本初の木造復元天守です。
地元・掛川の企業などの寄付10億円にて再建されました。

現在、保存されている主郭部分は上記のような感じだったようです。
下記は昔の図。
※各写真はクリックすると拡大します。

上記は掛川城・本丸下にある三日月堀です。
下記の十露盤堀と言い、天然の岩肌まで掘った堀で、雨水が貯まる仕組みになっていた?ようです。

掛川城は、川沿いの独立台地に築かれた平山城で、比高20mほどの山頂部分(標高57m)に三層の天守が立っていました。

上記は天守台にある「霧噴き井戸」です。
なんでも、今川氏真・朝比奈泰朝が徳川家康に攻められて、掛川城が包囲された際、この井戸から霧が出て、城を守ったと言う伝説があります。
実際のところは、城郭内を流れる逆川の川霧などであったと推測致しますが・・。

 スポンサーリンク


掛川城の天守内は下記のような感じで、細かいところも再現されています。

上記写真は、天守閣からの展望です。

上記は、掛川城の二の丸にある「御殿」で、天守より全景を撮影したものです。
御殿と言えば、二条城川越城にもありますが、掛川城の御殿は1854年の地震で倒壊し、1861年までに再建された現存建物で国指定の重要文化財となっています。
天守閣に入る有料拝観券で、御殿内部も見学ができます。
下記は御殿内部を撮影さた写真です。

なお、再建天守は、天守の外観が判明している江戸後期の天守ではなく、山内一豊が建てた高知城の天守を参考にして設計した架空のものです。

上記は、天守からはちょっと離れた街中にある「大手門」です。
下記は、大手門の側にある「番所」ですね。

駐車場情報や見学所要時間・観光所要時間・交通情報・行き方などは、掛川城旅行記にてご紹介致しております。

掛川に宿泊するなら天然温泉「茶月の湯」ドーミーインEXPRESS掛川がお勧め
高知城の歴史と築城の名手である百々綱家とは~高知城の見どころ

スポンサーリンク

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. 2015年 3月 06日

 スポンサーリンク

気になる戦国女性

  1.  片倉喜多(かたくら-きた)は、1538年に伊達家臣・鬼庭良直の娘(長女)として生まれた。  母は…
  2.  淀殿(よどどの)は1569年に近江・小谷城にて誕生した。  父は浅井長政で、母は織田信長の妹・お…
  3.  淀殿をご紹介する記事では、できる限り中立的な立場にて記載したつもりですが、父・浅井長政や、母・お市…

人気の戦国武将

  1. 松山城(まつやまじょう)は、伊予(愛媛)の松山にある標高132m、比高約90mの連郭式平山城で、津山…
  2. 遠藤直経(えんどう-なおつね)は、近江の須川城主・遠藤主膳の子として1531年に生まれました。通称は…
  3. 真田丸(さなだまる)とは、真田幸村が築いた大阪城の出城の名称である。 大坂冬の陣に参加して欲し…

オリジナル戦国グッズ

限定「頒布」開始しました。無くなり次第終了です。
戦国オリジナルバック

 スポンサーリンク
当サイトでは
Android app on Google Play
↑ アプリ版もあります
 オリジナル書籍
柳生一族
書籍・電子書籍にて販売開始

 オリジナル電子書籍

戦国武将研究会著作

メールでお知らせ

新規記事追加をメールで受信可能。

ページ上部へ戻る