亀山城から本能寺の変は始まった~亀岡城訪問記(丹波亀山城)


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亀山城(かめやまじょう)は、丹波攻めを担当していた明智光秀が1578年から築城開始した平山城で、創建当初は3重天守があったようです。
明智光秀は福知山城も築城しますが、本能寺の変を起こす際に、明智光秀の軍勢はここ亀山城(亀岡城)から出陣しました。

その後の城主としては、羽柴秀勝、豊臣秀勝、豊臣秀俊(小早川秀秋)、1593年には小早川秀秋が5重天守に改装したとあります。
1595年からは、前田玄以が入りました。

関ヶ原の戦いを制した徳川家康も、亀山城(亀岡城)は重要視しており1602年から直轄領としています。
代官としては赴任したのは北条氏勝(北條氏勝)です。

1609年には譜代大名の岡部長盛が32000石で丹波亀山藩主となっています。
そして「天下普請」として藤堂高虎が縄張り(設計)を担当し、西国大名によって亀山城は大改修されました。

本丸の天守台には層塔型5重5階の大天守と2重の小天守が複合した複合式天守があったとされます。
一説には、藤堂高虎が今治城の天守を移築させたのではとする説もあります。

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亀山城(亀岡城)は、大本教(おおもときょう)と言う神道系の新宗教の所有地となっています。
正式には大本と2文字で表示するようです。

みろく会館の総合受付で見学を申し出ると、気軽に立入が許可されます。
事前予約や記帳や身分証明などは不要です。
2階では亀山城図などが展示されているようですが、先を急ぎたかったのでパスします。

内堀跡や本丸付近の石垣など見学することが可能です。

下記の通路のように見えるのは「内堀跡」です、二の丸と三の丸の間となりますが、現在は埋められて通路となっています。

そして、万祥殿の建物右側にて、この先の見学をしたい旨を再度申し出ると、簡単なお祓いをしてくれます。
万祥殿の左手奥にある門を入ると、天守台の石垣が見えてきます。

天守台の上は月宮宝座と呼ばれる大本の聖地となっていまいす。
簡単な仕切りですので、天守台の上に登ろうとすれば登れますが、当たり前ですが無断で入るのは良くないです。
センサー?もあるようです。

そもそも有料拝観にもできますし、見学禁止にしてもおかしくないところを、なんの見返りも求めず見学を許してくれている訳ですので、拝見する側としても「マナー」はしっかり守りたいところです。

なお、見学できるのは、天守台の麓付近までで、その他は宗教上の理由から非公開となっていますが、それでも亀山城(亀岡城)の雰囲気は充分に実感できました。
大本の関係者の皆様、ありがとうございました。

下記は形原神社ですが、ここに大手門があったそうです。

下記は城下町部分にあった御勘定所跡の看板です。
このように、市街地のあちこちに、跡地を示す説明もしっかりある亀岡市でした。

亀山城ですが、馴染がない関東の私には、非常にややっこしいです。

まず、亀山城と言うと、伊勢の亀山市にある亀山城を思い浮かべてしまいます。
亀山市と言う市の名前にもなっていまからね。
しかし、丹波の亀山城は亀岡盆地の「亀岡市」にあるのに、なんで亀山なのでしょう?
別名では、亀宝城、亀岡城とも呼ばれますが、一番認知されているのは亀山城です。
素直に「亀岡城」で良いのではと思うのは、私だけでしょうか?

明智光秀とは?数奇なその生涯~本能寺の変・山崎の戦い~詳細年表
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