川越城本丸御殿と河越城~東京からも近い城下町の風情


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川越城(河越城)は、扇谷上杉持朝が、古河公方足利成氏に対抗するため、1457年に太田道真(太田資清)と太田道灌(太田資長)の親子に命じて築城しました。
最初の頃は、のちの本丸・二の丸程度の広さであったと推測されており、別名を初雁城、霧隠城とも言います。

初代の河越城主には上杉持朝が入り、太田道灌らは江戸城を築城し城主になっています。

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小田原城主・北条氏綱とは1524年~1544年の間に4度も河越城の争奪戦を行っていますが、江戸城は1524年に北条勢の支配下となりました。

1537年、北条家はついに河越城を奪取を格たるものとし、北条綱成が城主として入り、大道寺政繁などが与力して河越衆と呼ばれました。

1546年、川越夜戦(河越夜戦)と呼ばれる大きな戦いが勃発します。
扇谷上杉朝定(大石定久太田資正、成田長泰、上田朝直、藤田康邦)は、古河公方・足利晴氏(小田政治)と、山内上杉憲政(長野業正、長野吉業、倉賀野行政、上泉信綱、小幡憲重、赤堀上野介)と連合を組み、大軍にて河越城を包囲します。
黄八幡の北条綱成(北條綱成)は北条綱房・北条幻庵らと6ヶ月に及ぶ篭城戦を展開し、北条氏康・大道寺政繁・多目元忠の軍勢がようやく援軍として赴くと、北条勢は夜襲を行い連合軍は大打撃を受けます。
扇谷上杉朝定は討死し、山内上杉憲政は平井城に逃亡すると、のち長尾景虎(上杉謙信)を頼って越後に逃れました。
古河公方・足利晴氏は直後に御所を包囲されて降伏し隠居しています。

河越城主となった大道寺政繁は、三の丸と八幡郭を拡張し、河越城の防備を強化しましたが、1590年、豊臣秀吉の小田原城攻めの際に、河越城は北国軍・前田利家の攻撃を受けて落城しています。

徳川家康が関東に入ると、川越城には徳川家譜代筆頭である酒井重忠が1万石にて入り、川越藩の基礎ができました。

1639年に松平信綱が川越藩主となると、川越城を大改修し近世城郭に整備しました。

天守の代用となった富士見櫓は、石垣も含めると高さ約30mもあったと言います。

1848年、越前松平家・松平斉典が本丸御殿を造営しますが、1846年に焼失し、1848年に再建したものが現在の本丸御殿となります。

川越城本丸御殿からはだいぶ離れた場所になりますが、天海ゆかりの喜多院には、江戸城の建物が移築され、客殿には徳川家光誕生の間、春日局の間などが現存しています。

なお、河越城内の天神郭には三芳野神社が建立されており、現在も三芳野神社があります。

三芳野神社は、現在の本丸御殿のすぐ前ですので、合わせて参拝しておきましょう。

また、川越は「小江戸」と呼ばれるほど、江戸時代の街並みが保存されており、観光客が多く訪れます。

是非、1日掛けてくまなく観光して頂きたいところですが、時の鐘、古い町並み、河越城、喜多院などはそれぞれ離れた所にあり、ある時それぞれの移動に10分~20分要します。
そのため、周遊バスや自転車レンタルなどを利用すると良いです。

自動車の場合にはそれぞれ車で移動することになりますが、駐車場も土日は混雑気味です。

川越城(川越城本丸御殿)の駐車場がある場所は下記のポイント地点となります。
本丸御殿の観光所有時間は30分といったところです。

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