向嶽寺~山梨・塩山と抜隊得勝~松姫も八王子に逃れる際に滞在


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 禅寺である向嶽寺は臨済宗向嶽寺派の大本山です。
 山梨の塩山・塩ノ山の麓にあります。

 相模国中村(神奈川県足柄上郡中井町)出身の禅僧・抜隊得勝(ばっすいとくしょう、臨済禅師17代)が、1378年に武蔵国横山(八王子付近)から甲斐に入りました。
 神奈川県厚木市七沢、和歌山県須田山、静岡県森町天方、神奈川県清川村須々萱、神奈川県津久井町青山の青雲庵、静岡県大仁町にある鍋沢山の如是庵、神奈川県秦野市の蓑毛山、八王子市横山、塩山市竹森山に足跡が見られますが、最後の地となったのがこの富士山を望む塩山の高森に構えた向嶽庵(向岳庵)です。

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 「嶽」と言うのは富嶽、すなわち富士山の事を示しますので、富士山に向かっている庵と言う意味ですね。
 抜隊得勝(1327年10月6日~1387年2月20日)はある日、富士山に向かって説法する霊夢を見たため、念願の甲斐にやってきたのです。
 その為、向嶽寺は参道なども富士山の方角を向いています。

 

 そして、弟子らの働きかけで甲斐国守護・武田信成より寄進を受けて、1380年正月に塩山向嶽庵を開き、臨済宗向嶽寺派「向嶽寺」を創建したとされています。

 なんでも、抜隊得勝は幼い頃に父を亡くし、29歳で出家したようですが、俗姓は藤原氏とされますので、中井では豪族(鎌倉武士?)の家柄だったものと推測もできます。

 南朝の後亀山天皇との親交もあったようで、向嶽寺(向嶽庵)は、1385年に後亀山天皇の勅願所にもなっています。
 当時の僧坊では禁酒戒など、かなり厳格な戒律だったようでして、基本的に非公開寺院のため建物内部や庭園は原則的に拝観できませんが、境内の一部は各写真のように自由に入れます。
 ※各写真はクリックすると拡大します。

 

 上記写真は脇にある秋葉神社で背後の山が、塩ノ山です。

 

 向嶽寺は何度も火災にあい、ほとんどの伽藍が消失していますが、この中門だけは、室町時代の禅宗様四脚門でして、国の重要文化財の指定を受けています。
 武田信玄は、向嶽寺に壁書を与えて学問を奨励したりしました。

 

 檜の木に囲まれた放生池(ほうじょういけ)は、ひょうたんの形をしているそうです。(気がつかなかった・・)
 山梨県で5点ある国宝の1つである1260年代作の「絹本著色達磨図」は、東京国立博物館に預けられています。(調査時点では展示はされていないようです。)

松姫一行が逗留した寺

 武田勝頼が1582年、新府城から岩殿城を目指して逃亡した際の武田滅亡時の話です。
 武田信玄の娘・松姫(22歳、信松尼)は高遠城にいましたが、仁科盛信より小督姫やまだ6歳くらいだった仁科信基を預かり、新府城に逃れると、更に武田勝頼の娘・貞姫小山田信茂の娘・香具姫(香貴姫)らと、1582年2月にこの向嶽寺に逗留しました。
 そして、2月28日には兄・仁科盛信が討死(自刃)し、3月11日には武田勝頼も討死(自刃)してしまいます。
 その後もしばらく向嶽寺にいましたが、やがて織田信長が甲府に入り、残党狩りを行っていると聞くと、裏手の塩ノ山に隠れましたが、向嶽庵の第3世・俊翁令山和尚が1384年に開山した、八王子の金照寺(金照庵)へと逃れたと言う逸話もあります。
 松姫は織田信忠の婚約者でしたが、明智光秀により3ヶ月後の本能寺の変で織田信長・織田信忠は横死してしまいます。
 八王子では北条氏照大久保長安の保護を受け、幼い遺児の母代りとなって育成し、また、徳川秀忠の隠し子である初代会津藩主・保科正之を一時養育もすると言う、時代に翻弄された女性です。

 →松姫についての詳細はこちら

 また、天目山の戦いで命を落とした武田勝頼が最後に武田信勝に着せたと言う、武田家の家宝「楯無」の鎧は、家臣がこの向嶽寺に持ち帰り庭に埋められましたが、後年、徳川家康が入国した際に掘り出させれて、菅田天神社に納められました。

 向嶽寺への行き方(アクセス)は、JR塩山駅からですと、歩いて15分くらいです。
 駐車場も一応解放はされていますが、案内などは特にありません。
 下記の地図ポイント地点が、車を止められる場所となります。
 きれいに池や庭など境内は清掃されていますが、どちらかと言うと閉鎖的な禅寺ですので、公式HPなどはありません。
 よって、見学所要時間は境内散策で15分~30分といったころです。
 

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