久留里城~南総里見氏全盛期の本拠地に気軽に登ろう


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久留里城(くるりじょう)は、標高145mの連郭式山城で比高は約100mとなります。
別名は雨城・霧降城・浦田城です。
雨城と言うのは、城が完成してから、3日に1度雨が降ったのが21回連続した「久留里記」にも記載されていることから、雨城(うじょう)とも呼ばれます。

最初の築城は里見家の内部抗争などで文献も正確ではない事が記載されていたりすることから諸説あり、よく分かっていません。
いずれにせよ、真里谷(まりやつ)武田氏の領土に、里見氏が侵攻して久留里に入ると改修したと言う事は確かです。

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恐らくは、上総武田氏の祖にあたる武田信長が、古河公方足利成氏の命を受けて、上総を占拠した1458年頃に庁南城や真里谷城を築いたと言われています。
その後、武田信長は1477年頃に上総で死去しましたので、その当時に、久留里城(古久留里城)が築城された可能性は充分にあると思いますが、恐らくはもっと古くから砦のような機能はあったものと推測致します。
この武田信長の子孫は、真里谷氏と称して戦国大名となりました。

しかし、戦国時代には真里谷信隆と真里谷信応が兄弟で争ったこともあり衰退し、一族の大多喜城主・真里谷朝信も、里見義堯の家臣・正木時茂に討たれ、久留里城も里見家のものとなったようです。

里見義尭は久留里城を大改修すると里見家の本拠地と定めました。

しかし、小田原城主・北条氏康が台頭してくると攻撃を受けて、1564年には久留里城が落城しています。

ただし、1567年8月23日、三船山の戦いにて北条氏政と里見義弘が対決します。

里見義弘の父・里見義堯は北条氏照・原胤貞らを撃退し、北条勢では殿を務めた太田氏資が討死するなどしたため、里見家は房総での失地や久留里城を回復しました。

その後、家督を継いだ里見義頼は、安房・岡本城を本拠としたので、久留里城には城番が置かれました。

1590年、豊臣秀吉小田原攻めでは、参陣を命じられた里見義康が拒否したため、安房一国に減封され館山城に移されます。
そして、久留里城には大須賀忠政(大須賀忠政)が3万石で入り、城下町を整備しました。

1600年、関ヶ原の戦いにて武功を挙げた榊原康政の子・大須賀忠政は、旧領である遠江・横須賀城6万石となったため、土屋忠直が2万石で久留里城主となっています。
この、土屋忠直は旧武田家臣で、1582年の天目山の戦いにて、武田勝頼を守り討死するも「片手千人斬り」で有名になった土屋昌恒の長男です。

その後、江戸時代の1742年には、上野・沼田城から譜代の黒田直純が3万石で久留里藩主となります。

この時、江戸幕府から5000両を借りて、久留里城を3年掛けて整備し、この時はに初めて2層2階の天守も建ったようです。
黒田氏の治世は、明治維新まで続きました。

二の丸跡には久留里城址資料館が建あります。入館無料です。

久留里城には1979年(昭和54年)に建造された模擬天守があります。

ただし、その場所に天守があったと言う事では無く、昔、天守があった場所は「天守台」として下記の写真のようにきちんと保存されています。

さて、久留里城への行き方・アクセスですが、無料駐車場は下記の地図ポイント地点となります。

駐車場からの舗装された道路をずっと登って行く感じになりますので、山城ではありますが装備などは特に不要です。
観光所要時間は30分といったところでしょうか?
トイレなどもありますが、駐車場のトイレは奥にある建物となります。

私自身は今回で3度目の訪問ですが、本丸などからの眺めも良く、普段、城に行かない方を連れて行くような場合など、入門としても最適なところです。
観光客が気軽に立ち寄れる無料スポットでもあります。

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