なぞの溝呂木城と溝呂木正重


スポンサーリンク
スポンサーリンク

 溝呂木城神奈川県厚木市にあると考えられているが、実はどこにあったかが定かではない。

 厚木市の推測では、相模川・中津川・小鮎川の3つの川が合流する地点、現在、厚木パノラマタワー(国土交通省厚木無線中継所)がそびえ立つ付近と推定されており、なんでも、付近には溝呂木という名の家も古くからあると言うことだが、城の遺構などは一切発見されておらず、溝呂木城の場所は定かではないと言うのが正しい。もっとも、相模川の洪水により、昔と今では地形がかなり変化しているとも考えられる。

 長尾景春の乱の時、溝呂木城主は溝呂木正重と言う説があり、城に火を放って逃亡したとも言われている。

 なお、愛甲石田の石田寺にも、溝呂木家の墓が多数あるようだ。

 スポンサーリンク



訪問しておきたい神奈川県の城郭・寺院・古戦場など一覧リスト

スポンサーリンク

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

 スポンサーリンク

気になる戦国女性

  1.  於菊(おきく)は真田昌幸の5女で、名胡桃城で生まれた。  真田信之・真田信繁らの妹に当たる。生年…
  2. 瀬名(せな)とも言う築山殿(つきやまどの)は、今川家一族の駿河持船城主・関口親永(関口刑部少輔)(ま…
  3. 千姫(せんひめ)は、徳川秀忠とお江の長女として、1597年4月11日に伏見城内の徳川屋敷で産まれた。…

人気の戦国武将

  1. 長篠城を包囲した武田勝頼に対して、徳川家康・織田信長が38000の援軍を派遣すると、武田勝頼が120…
  2. 筒井順慶(つつい-じゅんけい)は、筒井城主・筒井順昭の子として1549年3月3日に生まれた。 母は…
  3. 松山城(まつやまじょう)は、伊予(愛媛)の松山にある標高132m、比高約90mの連郭式平山城で、津山…

オリジナル戦国グッズ

限定「頒布」開始しました。無くなり次第終了です。
戦国オリジナルバック

 スポンサーリンク
当サイトでは
Android app on Google Play
↑ アプリ版もあります

戦国グッズ通販

実際に鉄板も使用した本物志向「高級」甲冑型の携帯ストラップ
甲冑型ストラップ

甲冑型ストラップ

戦国武将「Tシャツ」や「スウェット」その他もあり。
戦国武将シャツ

戦国浪漫「戦国グッズ」通販

メールでお知らせ

新規記事追加をメールで受信可能。

ページ上部へ戻る