長沼城(東京都稲城市)と長沼五郎宗政


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 東京都の稲城にある「長沼城」は、鎌倉時代の武士で、吾妻鏡に登場する長沼五郎宗政(長沼宗政)の館跡とされています。

 ただ、この長沼五郎宗政なる人物は、静岡市の長沼砦(茶臼山)(静岡市葵区長沼)も城主であると言う記述もあるため、どちらが後先かわかりませんが、所領が移り変わったのかも知れません。
 なお、稲城の長沼城は、長沼五郎宗政(長沼宗政)の一族が住んだと言う説があるので、もともと、長沼五郎宗政自身が館を構えたとは考えにくい点もあります。

 江戸時代の1823年に発刊された武蔵名勝図会では、西党の長沼二郎大夫の館であったとあり、その場合は、平山城主・平山季重や、立川氏、由井氏、田村氏などの一族と言う事になり、栃木の小山氏系列となる長沼五郎宗政とは別人と言う事になります。

 いずれにせよ、稲城の長沼城(長沼館)も使われなくなると、跡地には報恩寺ができたそうですが、その報恩寺も明治30年に廃止されました。

 その後、多摩ニュータウン開発などにより、三沢川はまっすぐになり、鉄道の高架橋ができ、京王稲城駅前も区画整備されました。

 この時、亀山(きざん)と呼ばれていた、張り出た尾根が崩されたと言う事ですので、尾根の先端に館があったものと推測致します。

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 現在は石碑があるのみで、遺構などは全く不明です。

 長沼城や長沼五郎宗政に関して、情報お持ちの方がおられましたら、是非、下記のコメント欄より情報提供頂けるとうれしく存じます。

 石碑の場所への行き方・アクセスですが、下記の地図ポイント地点となります。
 地図は縮尺を変えてご覧頂けますと幸いです。

 

 近くの城跡も合わせてどうぞ。

大丸城(東京都稲城市)~失われた謎の多い城跡
長沼館と西党・長沼氏

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  1. 2015年 10月 13日
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