忍城~高源寺~丸墓山古墳~石田堤の訪問記(成田家探訪)


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 映画・のぼうの城でも登場した、忍城をこれまで3回訪れたことがありまして、この度、その記録をまとめてみました。

忍城

 成田氏は、横山党の横山資孝の子・横山成任が、成田成任と称したのが始まりとされます。

 忍城は、もともと「忍氏」の居城でしたが、熊谷市上之の上城主・成田親泰が、1489年に忍城を攻撃し、忍氏を滅ぼして、忍城を本拠としました。
 湿地帯を利用してつくられた平城で、付近は沼の中に島のような陸地が点在しており、その沼をそのまま生かすかたちで城が築かれました。
 現在、本丸に建つ建物は、忍城御三階櫓で、鉄筋コンクリートで展望台もある資料館となっています。
 付近に無料駐車場もあります。

 

 

 忍城の外堀の沼は、現在「しのぶ池」として、水城公園となっています。
 無料駐車場も付近にありますので、気軽に散策も可能です。

 

 なお、忍城では「忍城おもてなし甲冑隊」の皆様による素晴らしい演舞などが行われます。
 演舞は無料で見れますが、事前にスケジュールをご確認願います。

 

 下記は動画ですので、より雰囲気がわかると思います。

 

 観光所要時間は、忍城だけの場合は40分。水城公園にも行く場合には、80分は必要です。
 忍城への行き方・アクセスですが、下記の地図ポイント地点が駐車場となります。

 

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■佐間口 高源寺

 高源寺は、成田家の家老・正木利英(正木丹波守)が、豊臣方、成田方双方の戦死者を弔うために、1590年の忍城降伏後に、佐間口付近に高源寺を建立したものです。
 
 

 下記の写真は正木丹波守の供養塔です。

 

 高源寺の駐車場の場所は、下記の地図ポイント地点です。

 

丸墓山古墳

 上杉謙信が忍城攻めをした際や、石田三成が忍城水攻めした際、攻め手が「本陣」を置いたのが、丸墓山古墳の頂上です。
 真田昌幸真田幸村も、なかなか落ちない忍城に遣わされましたので、この丸墓山古墳の上から忍城を眺めたことでしょう。
 丸墓山古墳(まるはかやまこふん)は、直径105m、高さ18.9mの円墳で、円墳の規模としては日本最大です。

 

 麓から一気に頂上まで登ると、結構、息が切れます。下記写真は頂上から忍城方面を撮影したパノラマ写真です。

 

 付近には、稲荷山古墳、二子山古墳、将軍山古墳などが9基の大型古墳が点在する国指定史跡埼玉古墳群となっています。

 
 
 石田三成は、丸墓山を含む半円形の石田堤を長さ28kmほど造り、忍城水攻めで攻撃しました。
 現在、丸墓山から南に真っ直ぐ伸びている道路は、この石田三成が水攻めした堤の名残となっています。

 丸墓山古墳の近くには大きな無料駐車場もあり、公園として整備されています。

 将軍山古墳は、将軍山古墳展示館となっており、実際に古墳内部の石室が見学できるようになっています。有料拝観(大人200円)ですが、拝観料は、資料館「さきたま史跡の博物館」と共通なので、200円で両方見学できます。

 

 丸墓山古墳の駐車場はとても広くて無料です。
 下記の地図ポイント地点から入れます。
 観光所要時間は60分以上必要です。

 

石田堤

 忍城水攻めの際の堤防は、丸墓山古墳の場所以外にも現存します。
 上越新幹線の線路脇となる、行田市堤根地区から鴻巣市袋地区にかけて、約250mが残存しており、一部を保存して石田堤史跡公園として整備されています。

 

 無料駐車場は下記の地図ポイント地点です。
 観光所要時間は20分。

 

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  1. 2015年 11月 23日

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