真田氏館跡と真田氏歴史館&天白城


スポンサーリンク
スポンサーリンク

 真田の里紀行真田氏歴史館と真田氏館跡の2本立てです。

真田氏館跡

 真田氏館は、真田幸隆真田信綱真田昌幸と、3代に渡り、真田家が居住した館跡とされます。
 真田家は松尾古城の付近が発祥と言われていますが、武田信玄に仕えて真田の地に復帰した際には、真田古城(打越城)を最初使用したようです。
 その後、真田本城を築くと、この地に館を構えたと考えられています。

 

 通称は「お屋敷公園」と呼ばれ、なだらかな丘陵地にあり、水源も豊富です。
 各写真はクリックすると拡大します。

 

 上記写真は屋敷の外から大手門土塁を撮影したものです。

 

 真田本城と真田氏館は、1585年に真田昌幸・真田信之真田幸村上田城に入るまで、使われました。
 皇大神宮は、真田昌幸が上田城に移転した際、、先祖代々の土地が荒廃するのを防ぐため、勧進したと言います。

 

 

 上記のように土塁もしっかり残されていました。

 

 上記は真田氏館跡の最下部付近からの展望で、砥石城・本城・枡形城を望むことができました。

 スポンサーリンク


真田氏歴史館

 

 見学所要時間は資料館は20分、館跡は20分といったところですが、じっくり見ますともっと時間が掛かります。
 なお、真田氏歴史館は火曜日定休のようですので、ご注意を。

 館内の展示物は撮影禁止でしたので、写真ありませんが、唯一撮影しても大丈夫な手前の展示物は下記です。

 

 真田関連のお土産物も販売されています。

 行き方・場所ですが、無料駐車場入口は下記の地図ポイント地点となります。
 ちっょと狭い駐車場でして、満車の場合、南側には別の大きな駐車場があります。
 この付近に止めることで、歴史館と館跡の両方に歩いてアクセスできます。

 

天白城

 真田氏歴史館の北東側には「天白城」があります。

 

 あくまでも有事の際に、立て籠もる為の詰めの城だと考えられます。
 北赤井神社の南側から登れると言う話ですが、付近に駐車場は無いとの事でして、今回は登っていませんので、写真はこれだけです。

 真田の里を観光する際のヒントにどうぞ。
 → 真田の里紀行はこちら

スポンサーリンク

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

 スポンサーリンク

気になる戦国女性

  1.  阿南姫(おなみひめ)は、米沢城主・伊達晴宗の長女として1541年に生まれた。兄に岩城親隆、弟に伊達…
  2. 奈多夫人(なだふじん)は大友義鎮(大友宗麟)の継室です。 奈多城主でもある八幡奈多宮の大宮司・奈多…
  3. 吉岡妙林尼(よしおか-みょうりんに)の生い立ちは良くわかっていませんが、父は林左京亮、又は丹生正敏(…

人気の戦国武将

  1. 四国を制覇した長宗我部氏の本城だったのが土佐の岡豊城です。 その岡豊城を写真でご紹介しながら、…
  2. 宮尾城(みやおじょう)は、厳島神社で有名な宮島にある平山城で、別名は宮ノ尾城、宮尾ノ城、宮ノ城とも呼…
  3. 松山城(まつやまじょう)は、伊予(愛媛)の松山にある標高132m、比高約90mの連郭式平山城で、津山…

オリジナル戦国グッズ

限定「頒布」開始しました。無くなり次第終了です。
戦国オリジナルバック

 スポンサーリンク
当サイトでは
Android app on Google Play
↑ アプリ版もあります

戦国グッズ通販

実際に鉄板も使用した本物志向「高級」甲冑型の携帯ストラップ
甲冑型ストラップ

甲冑型ストラップ

戦国武将「Tシャツ」や「スウェット」その他もあり。
戦国武将シャツ

戦国浪漫「戦国グッズ」通販

メールでお知らせ

新規記事追加をメールで受信可能。

ページ上部へ戻る