男山千姫天満宮と男山八幡宮【姫路】


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千姫天満宮は、姫路城の北西の方角にあります。
姫路城を一望できる男山の中腹にある小さな社ですが、本多忠刻と再婚した千姫(徳川秀忠の娘)が信仰していた天神(天満宮・菅原道真)の木像を祀るため、1623年3月に建立しました。

千姫は本多家の繁栄を願い、姫路の天門(乾・北西)の鎮守とし6枚の羽子板を奉納しています。

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そして、姫路城の西の丸・長局の廊下から男山の方角を望んでは、毎日、朝と夕方に遙拝したと言われています。

そのため、姫路城内から望めるように、社殿は東向きに造営されています。

2002年(平成14年)4月に社殿が新築され、唐破風造りの流麗優美な姿に生まれ変わりました。
学業成就の他、本多忠刻と千姫の夫婦仲が良かったことから、恋愛成就の御利益もあると言われています。

下記の写真は千姫天満宮へ登っていく箇所のものとなります。
各写真はクリックすると拡大します。

登ると言ってもすぐそこなので、キツクはありません。

途中に「カエルの像」がありますが、宝かえる、無事かえる、若かえると言うご利益があるそうです。

千姫天満宮参拝記念の石碑もあります。

上記のような銅像もありました。
菅原道真の天満宮と言えば「牛」でして、撫で牛とされています。
子孫繁栄などの願いが込められた石像です。

千姫天満宮のある男山から望む姫路城は上記のような感じです。

男山八幡宮

その千姫八幡宮がある男山の山頂脇には「男山八幡宮」があります。

1345年、赤松貞範が姫路城を築城した際に、男山の山頂に姫路城の鎮守社として創建したとされます。
江戸時代に入ると1679年には松平直矩、1716年には榊原政邦が、それぞれ社殿を改修したと記録が残されており、時代を経ても歴代の姫路城主が信仰しました。

下記の写真は千姫天満宮への入口になりますが、この鳥居は1679年に姫路城主・松平直矩が寄進したものです。

この男山には八幡社が祀ってあり、歴代の姫路城主は武運長久を祈って保護しました。

千姫天満宮へのアクセス・行き方ですが、いずれも姫路駅から神姫バスで約7分。
市之橋・文学館前のバス停下車、北へ徒歩約5分となりますので、姫路城の大手門駐車場からも徒歩圏内です。
駐車場は男山の南側麓の水尾神社の駐車場が利用できます。
下記の地図ポイント地点は、その水尾神社の駐車場入口となります。

姫路城の周辺写真集

姫路城・大手門駐車場から男山へ往復した際の写真もいくつか掲載させて頂きますので、よければご覧頂けますと幸いです。

千姫とは~徳川家の娘として波乱の人生を歩んだ戦国時代最後のヒロイン
姫路城の歴史と見どころ【国宝・世界遺産】写真集・観光情報
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