心源院と松姫の安住の地を訪ねて


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 八王子にある心源院(しんげんいん)は、滝山城主・大石道俊(大石源左衛門道俊)、または大石定久(大石遠江守源定久)が開基の曹洞宗の寺です。

 

 1582年、武田勝頼が自害した際に、武田信玄の娘・松姫が逃れて金照庵に身を隠しました。

 

 その後、1582年の秋ごろ、心源院に移って六世・舜悦禅師より剃髪を受け、武田家の菩提を弔う為、信松尼の法名を賜ったのが、この心源院です。

 

 戦国時代には、北条氏照八王子城主となると、この心源院の僧侶も「僧兵」として出陣しているのが見られ、八王子城の支城的な役割も追っていました。
 もちろん、当時は八王子城とも古道で繋がっていました。

 

 裏山にある秋葉神社の尾根からは、高さ10m程の細長い土塁(心源院堤)が南北に伸びています。

 

 また、心源院クラブと言うシニアのボランティア作業隊が、八王子城までの登山道整備などに力を注いでおられます。

 

 昭和20年、八王子大空襲の際、七堂伽藍の全てが焼失したため、現在の本堂は昭和47年に再建したものです。
 あと、すみません。写真がセピアモード?に設定されてしまっていたようでして、フィルタが掛かってしまっていますことお詫び申し上げます。

 

 境内の山門近くには、八王子千人同心・小谷田子寅の碑があります。
 天然理心流の山本道場・山本万次郎の墓もあるようです。
 梵鐘の鐘には地元の詩人・中村雨紅直筆の歌詞が彫られています。
 この中村雨紅は「夕焼け小焼け」の作詞者でして、八王子恩方は、夕やけ小やけの里となっており、JR八王子駅の電車発車ベルも、一部は「夕やけ小やけ」の音楽が採用されています。

 

 

 

 裏山をちょっと登ったところには、秋葉神社もあります。
 かつては砦だったのでしょう。

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 心源院へのアクセス・行き方ですが、場所は下記の地図ポイント地点となります。
 JR高尾駅北口の3番乗り場(国道20号にある乗り場)から西東京バスの医01系統「宝生寺団地」行きバスに乗り「川原宿大橋」バス停で下車して、徒歩5分といったところです。
 バスは10分に1本くらいあるので、便利ですよ。

 車の場合には、境内に十分すぎるほどの駐車場(空襲で焼けた跡のさら地)がありますので、ありがたく拝借頂けます。

 

近くの小田野城跡はこちら
八王子の史跡・史蹟一覧~八王子城・滝山城からマイナー館跡まで

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