新府城とは~武田家の集大成と言える大規模城郭


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 武田勝頼が予想される織田信長の侵攻に備えて、1581年2月15日から築城を開始した「新府城」に行って参りました。
 穴山信君(穴山梅雪)が築城を提案し、普請をしたのは真田昌幸とされています。
 その補佐として、原貞胤(原隼人祐貞胤)が担当しました。

 

 新府城へは麓の県道から、本丸にある藤武神社への直登となる階段があります。

 

 しかし、今回は東の大手側からの登山道(一般車は通行止の車道)からグルっと登ってみました。

 
 
 途中、大手からの道が合流します。
 坂も緩くて歩きやすいです。

 

 土塁の跡も残っていました。
 そうそう、各写真はクリックすると拡大します。

 

 上記は西三の丸です。これだけでも結構な広さがあります。

 

 本丸目指して登って行きますが、息が切れるような事はありませんでした。

 

 曲輪も良く残っていますね。

 

 しかし、良く考えられていますし、とても広い連郭式平山城です。
 まだ、すべて完成していなかったとされますが、1581年12月24日に、武田勝頼躑躅ヶ崎館から新府城に移り、実質、本拠地を韮崎に変えました。

 

 こんな感じの造りだったようです。
 非常に大規模な城でして、武田家の甲州流築城術の集大成と言えるでしょう。

 

 二の丸とも土塁で隔たれてあります。

 

 新府城の本丸に到着しました。
 トイレも比較的新しい水洗トイレがありましたよ。

 
 
 完璧な平地ではありませんが、しかし、とても広い本丸です。
 ここに、武田勝頼が数か月いただけでなく、のちに天正壬午の乱の際には徳川家康もここで籠城しました。

 

 上記は、本丸を約300度くらいのパノラマで撮影してみました。

 

 新府城の出城となる能見城も望めました。

 

 上記は本丸にある巨石です。

 

 長篠の戦いの供養碑です。

 

 武田勝頼を弔う石碑や、長篠の戦いで討死にした家臣らの墓碑がありました。
 五味高重(五味貞氏)・小山田昌輝・真田昌輝真田信綱・春日信澄(高坂昌澄)・山県昌景馬場信春(馬場信房)・武田信実・原昌胤・内藤昌秀(内藤昌豊)・香坂助宣(高坂助宣)・土屋昌続(土屋昌次)・甘利信康・横田康景ですね。

 

 上記は武田勝頼公の霊社です。

 

 古い祠もありました。
 春からは「紫外線対策」と「虫除け」があった方が良いと思います。

 

 本丸には藤武神社があります。

 

 藤武神社は新府城の守備神です。
 1582年3月3日、武田勝頼は新府城に火を放って、小山田信茂岩殿城を目指して落ち延びます。

 

 上記は、県道から本丸への直登の階段です。

 

 結構な階段でして、階段脇には「乙女坂」なる斜め道がありますが、いずれもきつそうですので、前述の通り東側の整備車両道から登るとラクラクですし、馬出なども楽しめます。

 

 さて、下山しましたら、そのあと西側の遺構を見に行きました。

 

 上記は駐車場からも近い「東出溝」です。
 堀に突き出た感じになっています。

 

 その堀ですが、一部は現在でも水をたたえています。

 

 西側は堀によって遮断することで防御になっています。

 

 そして、上記は西出溝です。

 

 西側はこんな感じになっていたのですね。
 防御面ではもっとも配慮した模様です。

 

 七里岩台地上の端である乾門(搦め手)に繋がる土橋です。

 

 そして、乾門跡ですね。
 この方角には小型車であれば、県道から進入して駐車するスペースも整備されています。

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 以上、見学所要時間は50分でしたが、井戸跡なども見るのであれば、プラスアルファの時間が必要です。

 新府城へのアクセス・行き方ですが、電車の場合JR中央本線の各駅停車で「新府」駅下車。新府城の麓まで徒歩5分です。
 車の場合には、下記の地図ポイント地点が無料の大きな駐車がある場所です。
 ジュースの自動販売機がありますが、トイレは本丸に登らないとありません。

 

泣き石はこちら
武田勝頼の逃避行の詳細はこちら
新府城から天目山の戦いまで武田勝頼一行の足跡を辿る山梨史跡巡り
武田信玄と武田家ゆかりの城・寺院・合戦場・隠し湯など一覧

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