墨俣城~木下藤吉郎が築いた墨俣一夜城の真実?


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 木下藤吉郎こと、のちの羽柴秀吉・豊臣秀吉が出世するきっかけになったと言っても過言では無い「墨俣城」は、現在の長良川西岸にある洲股(墨俣)にあります。

 もともと、川の中洲に斎藤利為らが築いた洲股要害として機能したようですが、尾張から美濃へ侵攻する重要拠点であることから、度々合戦になっていたようです。
 1561年には、美濃斎藤勢の要害を織田信長は攻略し「洲俣要害」を改修して在陣したと信長公記に見られます。

 良く知られる話では、織田信長の命で、最初に佐久間信盛が洲股砦城の建設に挑むも失敗。柴田勝家も失敗し、木下藤吉郎(豊臣秀吉)が「7日のうちに完成させます」と言上しました。
 そして、美濃勢を伏兵奇計で撃退しながら、砦城の建造準備を行い、1562年6月中旬頃、雨で戦闘が中断している中、上流から流した材木を組み立てると、一夜にして墨俣城を完成させたと言う逸話です。

 

 これらの伝説は、1959年に愛知県江南市にて発見された前野家古文書をもとにした内容ですが、議論は分かれるところで、豊臣秀吉に協力して墨俣城を築いたとされる蜂須賀小六の史料にも一夜城の記述はありません。
 よって、一夜城の逸話は江戸時代に作られた創作であるとして、木下藤吉郎が一夜城そのものを築かなかったとする説もあります。

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 しかし、織田信長が美濃に進出する過程で、当時の墨俣が大変重要な戦略拠点であったことには変わりありません。
 となると、墨俣砦を斎藤家から奪取した織田家は、この墨俣城を修復・整備しようとしたのは間違いないと思います。
 でも、稲葉山城がある金華山から望める墨俣は、佐久間信盛や柴田勝家が資材を送り込もうとしても、斎藤家の安藤守就、稲葉一鉄、氏家卜全らの攻撃を受けて失敗したのだと思います。
 当然、大部隊であれば昼間は発見されてしまい、材木などの輸送が困難であったと考えられます。
 そこを、木下藤吉郎が恐れ多くも7日でやり遂げると申し出て、蜂須賀小六・前野長康らと共に上流から一夜のうちに、敵に発見され無いよう資材を流す形で輸送し、ある程度の防御面を備えた城として築城したものと考えて良いのかも知れません。
 しかも、パーツとして組み立てた物を上流から流して、プレハブ工法とも言える手法を取ったので、数日と言う短期間で城の構えを完成させたと言う事ですね。
 当時は「うまく行ったね」程度で、特別スゴいことではなかったかも知れませんが、当然、何かやれ遂げた時には恩賞はもらえますので、木下藤吉郎は恩賞も受け取ったと思います。
 この木下藤吉郎が出世して天下を取ってしまったので、この時の伝承が江戸時代に入ると誇張されて、一夜で城を築くなんてと、話が大きくなったのではないでしょうか?

 

 1584年4月には、小牧・長久手の戦いの前に、当時、美濃を支配していた池田恒興の家臣・伊木忠次が墨俣城を改修したとあります。

 1586年6月に、木曽三川が大氾濫し、墨俣城は流され、木曽川の流路が現在の位置に変わってしまったと言う事で、墨俣は戦略上の重要性が低下し、墨俣城は廃城となった模様です。

  

 この氾濫を考慮すると、今でこそ立派な堤防がありますので、反乱の恐れが少ないですが、当時は現在と流路が異なり、木曽川・長良川・揖斐川の三川がここ墨俣に集結していたと言う事です。
 大きな川3つに繋がるだけでなく、街道も通っていましたので、かなりの重要拠点だったと考えられます。
 
 

 現在は、一夜城公園として、推定される地に大垣城天守を模した墨俣一夜城歴史資料館の模擬天守が建っています。

 

 ふるさと創生の1億円にて、1991年に完成しました。
 その1億円で、木造の砦風にでも作られているとよかったと思うのは、私だけでしょうか?

 

 上記の豊国神社には、豊臣秀吉が祀られています。

 

 行き方・アクセスですが、電車の場合、JR東海道本線の穂積駅から徒歩45分です。
 車の場合には、出世橋と呼ばれる、墨俣一夜城に渡る橋のたもとに数台駐車できるスペースがありますが、通常は犀川の河川敷駐車場の利用となります。
 下記の地図ポイント地点が、河川敷駐車場の入口付近です。
 墨俣一夜城の観光所有時間は、河川敷駐車場からの往復で約40分といったところです。

 

豊臣秀吉に関してはこちら
大垣城の歴史と大垣城の戦い~大垣城訪問記
織田信長と言う人物に迫る~【織田信長】の性格・人柄は?
斎藤道三~権謀術数を駆使し大名になった美濃の蝮
岐阜城(稲葉山城)は戦国時代ではない今でも賑わっていた

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