駿府城の訪問記~気になる史跡と駐車場情報など


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駿府城(府中城、静岡城)は、徳川家康が大御所となって隠居した際に使われた城です。
天下普請によって大修築され、城郭史上最大の天守台が築かれました。

天守は家康により3度建てられましたが、城下の火災が延焼して焼失しました。現在、中堀の内側にある旧二の丸と本丸が「駿府城公園」として整備されており、石垣や堀を見ることができます。また巽櫓と東御門、坤櫓が復元されて資料館として公開されています。

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今川義元今川氏真などの今川家館跡もこの駿府城内にあったと考えられていますが、武田信玄の駿河侵攻により失われただけでなく、徳川家になってからの天下普請で城郭は改変されてしまっており、今川時代の遺構などはありません。

1582年に武田勝頼天目山の戦いで敗れたあと、駿河を手に入れた徳川家康は、近世城郭として駿府城を大改修し、この時に初めて天守が築造されたとされます。

三河・遠江・駿河を治めるのであれば、収入的には広大な土地がある浜松城付近が最適だと存じますが、甲斐も手にいれた徳川家康は、その中間地点を本拠にしたかったのでしょう。
尚且つ、現在の静岡でしたら、東には薩埵峠(さったとうげ)、西は日本坂と東海道の難所もあるので、防衛上も適していたと言えます。

1590年、豊臣秀吉小田原攻めのあと、徳川家康が関東移封となると、駿府城には中村一氏が入りました。

1603年に征夷大将軍となり、江戸幕府を開いた徳川家康は、1605年に将軍職を子の徳川秀忠に譲ると、駿府城にて隠居し「大御所様」と称されました。
この時、天下普請が行われて、ほぼ現在の3重の堀を持つ輪郭式平城となりました。
天守閣は、石垣天端で約55m×48mという、日本の城郭史上最大の大きさを誇りましたが、完成直後の1607年に、城内からの失火により、天守や本丸御殿など焼失します。
そして、再建はされましたが、1610年の天守曲輪は、7階の天守が中央に建ち、大型天守台の外周を隅櫓・多聞櫓などが囲むと言う特異な構造となったようです。

1635年には、城下からの火災が駿府城にも延焼して大半を焼失し、以後、天守が造られることはありませんでした。

現在は三重の堀のうち外堀の三分の一と内堀(本丸堀)は埋め立てられており、残されているのは中堀と外堀の石垣となり、中堀の内側の二ノ丸・本丸がある「駿府城公園」と言う事になります。
天守台は1896年(明治29年)に歩兵連隊を置く際に破却されましたので、残念ながら残っていません。
静岡市は天守復元の検討に入っていますが、どのような構造物であったかの史料が乏しいため、難航しています。

小生が訪問した際には、折りしも徳川家康の400回忌を記念した「駿府天下泰平まつり」が開催されていて大変賑わっておりました。
天守台跡にも変な飾りがありまして、撮影する気にもならず、正直、ゆっくりと見学する事ができませんでしたが、主要な箇所は写真に収められたと思います。

上記は最新の復元となる二ノ丸・坤櫓(ひつじさるやぐら)で、高さ約14m、2層3階の隅櫓です。

上記写真の東御門(櫓門)と続多聞櫓も復元されたものですが、古来に忠実な復元となっており、内部は資料館になっています。
下記は東御門を内部から撮影してみたものです。

また、駿河国の名勝を用いて、四季折々の4つの庭で構成した日本庭園と、茶室を備えた「紅葉山庭園」が城内にありますが、こちらも2001年に完成した庭園です。

駿府城へは、JR東海道本線・東海道新幹線 静岡駅から徒歩約10分と歩いて行けます。
観光所要時間は、約30分~90分といったところです。

駿府城の駐車場

駿府城周辺にはいくつか駐車場があるが、外堀と内堀(中掘)の間は、官公庁など公共施設が占めており、コインパーキングなどは外堀の周囲となるため、ちょっと本丸までは遠いです。
そのため、お勧めとしては下記の地図ポイント地点にある、北御門付近の地下駐車場「静岡市民文化会館前駐車場」です。
朝8:30〜22:00(入場は21:00まで)で、30分=100円(2015年現在)となります。
246台止められるため、混雑していても回転が早いですので、駐車待ちすれば止められます。
なお、駿府城の周りは「時計回り」の一方通行ですので、ご注意を。

ここまで来たら「登呂遺跡」もセットでどうぞ
今川義元とは
今川家の滅亡~掛川城と今川氏真・朝比奈泰朝 薩埵峠の戦い
徳川家康がなぜ天下を取れたのかを検証「人財智生」

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