タグ:実際

  • 実際の今川義元は凡将だったのか?~本当の今川義元は?

    駿河・今川義元は寸胴短足で馬に乗ることができず、合戦の時なども「輿」に乗り移動したと言われているが、その記述がある資料は江戸時代中期に書かれた物で、信憑性は極めて低い。 今の世でもそうだが「勝者」は抵抗勢力・敵勢力を「…
  • 実際の山本勘助~どのような人物だったのか?

    実際の山本勘助  武田家は滅んだ大名のため、武田家に関する資料は多く残されていない。  武田氏の戦略・戦術を記した軍学書として「甲陽軍鑑」が有名だが、正確な著者は不明。武田信玄・勝頼に使えた武将・高坂昌信が書いた…

スポンサーリンク
スポンサーリンク
 スポンサーリンク

気になる戦国女性

  1.  淀殿(よどどの)は1569年に近江・小谷城にて誕生した。  父は浅井長政で、母は織田信長の妹・お…
  2. 曳馬城主である飯尾連竜(いいお-つらたつ)は、今川義元に仕えていた。 飯尾致実(いいお-のりざね)…
  3.  1547年?に誕生した「おね」は、尾張国の杉原定利の娘(次女)で、母は朝日殿。  生まれてす…
  4.  お市の方は、1547年?に織田信秀の娘として誕生した。呼称としては、市、お市の方、市姫、小谷の方(…

人気の戦国武将

  1. 南渓瑞聞(なんけいたんぶん)とは、井伊谷城主・井伊直平の次男である。 生年は不明。 戦国初期…
  2.  真田幸村(真田信繁)とは?どのような人物だったのか?  真田幸村は1567年に武藤喜兵衛昌幸(の…
  3. 宮尾城(みやおじょう)は、厳島神社で有名な宮島にある平山城で、別名は宮ノ尾城、宮尾ノ城、宮ノ城とも呼…
  4. 松山城(まつやまじょう)は、伊予(愛媛)の松山にある標高132m、比高約90mの連郭式平山城で、津山…
限定「頒布」開始しました。無くなり次第終了です。
戦国オリジナルバック
 スポンサーリンク
当サイトでは
Android app on Google Play
↑ アプリ版もあります
 オリジナル書籍
柳生一族
2016年10月、書籍・電子書籍にて販売開始

 オリジナル電子書籍

2016年8月、戦国武将研究会著作
ページ上部へ戻る