尾引城(横尾城)・曲尾城(千古屋城、根小屋城)・洗馬城へのアクセス


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 真田の里紀行、おまけのおまけ写真集です。

 今回の移動途中に、狭い道をカーナビ頼りにちょっと寄り道しまして、遠景だけではございますが、真田の里の支城を撮影して参りました。

尾引城(横尾城)

 信綱寺への入口付近にある昔からありそうな城が尾引城(横尾城)で、横尾采女正が築いたとされます。
 標高は750m、比高は80m程です。

 

 下記地図のポイント地点から登れるようですが、周辺の道は狭く、駐車場がありません。
 どうしても登りたいのであれば、真田の日帰り温泉に止めて行くと良いかも知れませんね。

 

曲尾城(千古屋城、根小屋城)

 砥石城の支城として1533年頃に村上義清が築いたとされます。
 標高は770m、比高100mで、高い方が根古屋城、低い方が千古屋城と呼ばれていますが、両方合わせて曲尾城ともあり、呼び方やそれぞれを1つの城として見るのかなど、様々な説があるようです。
 現在、明確な遺構は残されていないとの事。

 

 真田幸隆の手で砥石城が落城すると、武田家・山県昌景の与力である大熊朝秀(大熊備前守朝秀)が城主になったようです。
真田の里の城ですので、当初は、真田幸隆も武田信玄に信頼されていなかったのかも知れませんね。
 千古屋城(根小屋城)の麓は、このページのトップ写真のように、岩の断崖になっていました。
 いずれも登山道はあるようですので、登れます。

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洗馬城

 洗馬城は傍陽小学校の北西にある、標高800m程の山で、遊歩道が整備されているようです。
 比高は100mほど。

 

 誉田足玉神社に車を止めさせて頂いて、傍陽小学校に歩いて行くと登山道入口があるとの事です。
 傾斜も、あまりキツクないようでして、5分ほどで主郭に到達できるとの事です。

 砥石城など真田の里を観光する際のヒントにどうぞ。
 → 真田の里紀行はこちら 

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  1. 2015年 11月 23日

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