井草屋敷(井草城)と井草忠政(井草越前守忠政)・井草織部【植松太郎兵衛屋敷と唐木田城・島崎二郎館跡】


スポンサーリンク
スポンサーリンク

井草屋敷(いぐさやしき)跡は、東京都八王子市松本にある戦国武将の屋敷跡とされます。

背後に高台(現在の首都圏大学)を備えた標高110m、比高5mの丘地であったとされ、武蔵名勝図会では「多摩郡由木領松木村井草稲荷は、この地に井草織部というもの住居せし地にて、そのもの鎮守の社なりと云。ここは屋敷跡なるべし。天正五年井草氏が建立せし棟札あり。同村医王寺に北条家の臣なりける井草越前守といふ人の墳あり」とあります。

また、新編武蔵国風土記稿の松木村の項では、神明社を井草越前守の屋敷跡、稲荷社を井草織部の屋敷跡とするとあります。

このように井草屋敷(井草城)は、小田原・北条家の家臣・井草忠政(井草越前守忠政)と、子・井草織部のそれぞれの居館跡だとされています。

 スポンサーリンク


元々の井草氏(伊草氏)は、現在の杉並区井草周辺の土豪と考えられますが、これも確証はありません。
かつては、井草屋敷跡に稲荷社が鎮座し、井草氏の菩提寺である医性寺があったと言いますが、両方とも失われております。

その為、多摩ニュータウンの開発の際に大規模に行われた発掘調査にて、屋敷跡の痕跡が出た、多摩ニュータウン№619遺跡と№621遺跡が、井草屋敷跡と推定されています。
現在は区画整理された住宅地となっていまっているので、その井草屋敷があったとされる場所の遠景のみ写真撮影させて頂きました。

井草屋敷(井草城)

屋敷跡は現在首都大学東京の植物実験場ともされますが、そこからは生活の痕跡は発掘で出なかったようですので、その麓と推定されます。
一応、地図も載せておきますが、そのポイント地点で確定している訳では無く、また石碑なども一切ありませんので、念のため記載しておきます。
東京都の発掘調査に基づく推定地としてご理解賜りますと幸いです。

なお、井草屋敷と言うのは群馬県高崎市にもありますので、混同しないよう注意が必要です。

植松太郎兵衛屋敷

植松太郎兵衛屋敷は、新編武蔵国風土記稿に「井草屋敷の東には、四方を堀切で囲んだ、植松太郎の屋敷跡があった」と記されています。

また、武蔵名勝図会では「植松氏は、後北条氏の家臣と推定される」とあります。

このように、井草屋敷の東方にあると言う文献のみで、具体的な場所は特定されていませんが、江戸後期の文化・文政年間(1804~1830年)頃には、まだ、四方を堀に囲まれた「堀之内跡」があったと言います。

そのため、この植松太郎兵衛屋敷の「堀の内」が、八王子市堀の内の地名となり、京王堀の内駅の名前にもなったと推測できます。

植松太郎兵衛屋敷

地名はウソをつきませんので、八王子堀之内交差点の周辺に、植松太郎兵衛屋敷があったのではと小生は推測致しております。

植松太郎兵衛屋敷

なお、植松太郎兵衛と言う人物に関しても、全く不詳の人物ですが、上記の公園は「堀之内番場公園」と武士の館に関連あるような公園名となっています。

植松太郎兵衛屋敷

この公園がある場所は川沿いですので、ここに川も使用して、堀を巡らした屋敷があってもおかしくはありませんが、やはり土地の交差点名がある付近が比定地になるのかな?と言う気がいたします。
小生が植松太郎兵衛の屋敷があったと推定している地は下記の地図ポイント地点(公園ではありません)ですが、当然、石碑などは何もありません。

唐木田城(唐木田砦)と島崎二郎館跡

小山田氏小山田城の支城・出城として、唐木田城(唐木田砦)があったと言う伝承があります。
残念ながら、多摩ニュータウンの開発で、その地も失われてしまいましたが、古い鎌倉街道が通っていた「峠」にあったとされ、下記の写真の丘陵地が比定地とされています。
標高157m、比高40mです。

唐木田城(唐木田砦)

なお、この付近は棚原とも呼ばれ、戦国時代には1590年に八王子城にて討死した、島崎二郎の館があったと「武蔵名勝図絵」に記されています。
現在は多摩清掃工場と小田急電鉄の唐木田車庫になっていますが、その脇の高台も小生は唐木田城の一部であったと推測しています。
行ってもなにもありませんので、地図までは載せませんが、大妻女子短大の南側となります。

松木屋敷跡と大石宗虎屋敷跡・サルスベリ(大石やかた公園)
柚木城(由木城)柚木城跡の永林寺と大石定久像・大石家墓所

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でフォローしよう!

スポンサーリンク

関連記事

あなたの思いを下記に

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

 スポンサーリンク

気になる戦国女性

  1.  彦姫は、米沢城主・伊達晴宗の4女として、1552年?に生まれた。兄に岩城親隆・伊達輝宗などがいる。…
  2. 大蔵卿局・大蔵局(おおくらのつぼね)は浅井長政の家臣だっとされる大野定長の妻で、茶々の乳母であったと…
  3. 稲葉一鉄(いなば-いってつ)は、土岐頼芸の家臣・稲葉通則の6男として、1515年に美濃池田の本郷城に…
  4. 常高院(じょうこういん)・浅井初(お初、於初)は、1570年に小谷城にて生まれた。父は小谷城主・…
  5. 石井彦鶴姫は、1541年に肥前・飯盛城主である石井常延(石井兵部少輔常延)の次女として生まれました。…

人気の戦国武将

  1. 1535年7月23日、伊作城(本丸を亀丸城と呼ぶ)にて島津義弘が誕生。父は島津貴久で、次男として生ま…
  2. ▼本能寺の変(1582年・天正10年)が起ったとき、織田勢で京から最も遠い任地にいたのが滝川一益だ。…
  3. 田峯城
    菅沼定忠(すがぬま-さだただ)は、田峯菅沼氏である菅沼定継の子となるが生年や母は不詳となる。…
  4. 北条氏康(ほうじょう-うじやす)は、小田原北条氏の第2代当主・北条氏綱の嫡男として1515年に生まれ…
  5. 今川義元(いまがわ-よしもと)は、1519年、駿河・遠江守護の今川氏親の5男として生まれた。幼名は芳…
 スポンサーリンク

戦国グッズ通販

実際に鉄板も使用した本物志向「高級」甲冑型の携帯ストラップ
甲冑型ストラップ

戦国浪漫グッズ
戦国武将グッズ

自作甲冑キット新発売
甲冑自作キット
戦国浪漫「戦国グッズ」通販

メールでお知らせ

新規記事追加をメールで受信

ページ上部へ戻る