花沢館と蝦夷を統治した蠣崎季繁とは【蝦夷・北海道】

花沢館

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花沢館(はなざわだて)は、花見岱館、花見館、上之国花沢館とも呼ばれる、標高58m、比高40mの丘城(山城)です。

安東政季(あんどう-まさすえ)が、南部光政?に追われて、1454年(享徳3年)蝦夷に渡った際に、頼ったのが家臣である蠣崎季繁の花沢館です。

この蠣崎季繁(かきざき-すえしげ)は、もともと若狭守護・武田信繁に近い一族だったようです。
蝦夷地に渡ると安東政季の娘を妻に迎えて、蠣崎氏を称し花沢館主となったとも言われています。(諸説あり)

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そのためか、1454年の8月28日には、武田信広(たけだ-のぶひろ)と言う武将も、生駒政季を奉じて南部大畑から蝦夷に渡って、花沢館の蠣崎季繁を頼っています。
その武田信広は、安東政季の娘を妻に迎えており、1456年には嫡男・武田光広が生まれています。

そして、1456年に安東政季が東北に戻る際には、花沢館の蠣崎季繁が上国守護を命じられました。

花沢館

その後、1457年にアイヌ人が蜂起したコシャマインの戦いとなります。

志苔館付近にあった和人の鍛冶屋を訪れていた、アイヌ男性との間で、小刀(マキリ)に関して、品質と価格で言い争いとなり、鍛冶屋がアイヌ人男性を殺害したのが、戦闘の発端でした。
渡島半島東部のアイヌ首領・コシャマイン(胡奢魔犬、コサマイヌ)らは、1457年5月14日、小林良景の志苔館を陥落させました。

この時、小林良景は討死したとされ、支城の与倉前館でも小林政景が討死するなど、道南十二館のうち10館まで攻略され、残り花沢館と茂別館の2つとピンチになっています。
しかし、武田信広がコシャマイン父子を弓で討ち取ったことで形成は逆転し、蝦夷では武田信広の力が認められたようです。

この功績を受けて、蠣崎季繁はどうやら、武田信広の妻・安東政季の娘を自身の養女(蠣崎季繁の養女)にして、家督を武田信広に譲ったと考えられます。
1462年5月12日に、蠣崎季繁は死去。

この死を受けて、武田信広は近くに勝山館を築城しており、花沢館は使われなくなった模様です。

なお、その後も、アイヌ人の蜂起は度々発生しています。
特に、1462年(永禄5年)には、アイヌ蜂起により茂別館の下国師季(しもぐに-もろすえ)は勝山城に逃れて出家しました。

この下国師季は安東家政(茂別家政)の孫で、正室は蠣崎季広の娘であり、下国家は蠣崎氏に臣従すると、松前藩の家老(寄合席)になっています。

なお、蝦夷(北海道)では、コメ(米)が育たなかったので、主食や生活必需品を手に入れるためには、日本本土などとの「交易」をするしかなかったようです。
その蝦夷の特産品としては、獣皮類や干鮭、昆布などがあります。
和人は自らも狩猟はしますが、これらの多くは原住民の「アイヌ人」が生産していました。
そのため、和人はアイヌの村(コタン)近くに住むようになっていて、アイヌと交易した産物を、若狭などから来た船の商人らに売却しながら生活したいたと考えられています。
特に、この時代の和人の墓などからは、渡来銭も出土していますので、遠くは中国との交易も盛んだったようです。

花沢館跡への行き方・アクセスですが、木古内駅よりバスに乗り「大留」バス停下車して徒歩10分となります。
クルマの場合には、当方のオリジナルGoogleマップをご参照ください。
駐車場はありませんので路駐となります。
近くの勝山城には駐車場がありますので、セットでどうぞ。

蝦夷地探訪シリーズ

茂別館と安東家政とは 道南十二館のひとつ【蝦夷】
武田信広の優れた知略と蠣崎光広~本拠地にした勝山館
蝦夷の志苔館と小林良景 コシャマインの戦い
徳山館・大舘~蠣崎光広(蠣崎光廣)と蠣崎季広
松前城の景観と松前慶広とは~福山館の戦国期と幕末期
蝦夷地の史跡巡り用「北海道観光オリジナルGoogleマップ」

 

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