「この世をば…」からジャスト千年後の夜空を見上げてみた!~藤原道長

藤原道長

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【人生のピーク!「この世をば…」が詠まれた背景】

藤原道長(966年~1027年)が詠んだ「この世をば 我が世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば」という和歌について、ご存知だろうか。
歴史の授業でも必ず習う有名な和歌だが、現代語に訳すと、「この世はまるで私のためのもののようだ。
満月のように満ち足りているから」というような意味になる。


この和歌は、道長の長女で一条天皇中宮・彰子(988年~1074年)、次女で三条天皇皇后・妍子(994年~1027年)に続き、四女・威子(1000年~1036年)が後一条天皇の皇后に立った、「一家三后」のタイミングで詠まれた。
ひとつの家から3人の后を出したのは日本史上初のこと。
自慢の娘たちに鼻高々になっている、道長の姿が思い浮かぶ。

【「この世をば…」はいつ詠まれた和歌なのか?】

この日のことは、藤原実資(957年~1046年)が著した日記「小右記」の寛仁2(1018)年10月16日の記事に収録されている。
威子立后の報せを受け、道長の屋敷では盛大な宴会が開かれたようで、上記の和歌はその際に詠まれた。
当時は太陰暦が使われていたので、現代の暦(太陽暦)に直すと11月23日にあたる。
ちょうど千年後にあたる今年、2018年11月23日の夜も満月が見られるとあって、SNS上でも「#道長望月千年祭」というハッシュタグが作られ、当時に思いをはせる国文学・歴史マニアたちの間で、満月や平安装束のコスプレをした写真を撮ったりと、大いに(?)盛り上がった。
詠まれた日付までわかっている和歌が千年後も残っているという点は、世界的に見ても大変珍しく貴重な事例だといえる。

【長くは続かなかった望月】

しかし、満月もいつかは欠けるように、道長の栄華も長くは続かなかった。
当時、権力を握る摂関政治の大前提として、「娘を天皇に入内させる」ことと「娘が生んだ息子を天皇にする」ことが挙げられるが、要するに運頼みなのである。
道長の娘たち・姸子や威子は結局皇子を生めず、他にも彼の六女で後朱雀天皇尚侍・嬉子(1007年~1025年)は、皇子を生んだのち若くして病死した。


嬉子の死を契機に、娘たちに先立たれる等、道長の天下は斜陽に差し掛かってゆく。
その後は道長の息子たちに娘が生まれなかったり、年頃の娘がいなかったこともあり、権力が天皇の父・上皇に移る「院政」を経て、摂関政治は衰退の一途をたどることになる。
満月がやがて新月となるように、中臣鎌足を祖に持ち強大な権力を握った藤原氏もまた、歴史の表舞台から消していったのだった。

(寄稿)河合 美紀

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