松尾古城(信濃・松尾城)と日向畑遺跡~真田家発祥の地か?


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 真田の里紀行松尾古城(信濃・松尾城)と日向畑遺跡のご紹介です。

松尾城(松尾古城)

 通常は松尾城と呼ばれますが、真田本城を松尾城と呼ぶ場合には、ここは松尾古城と呼んで区別します。

松尾城

 上記の写真のとおり、かなり急峻な山城です。
 松尾城は角間川と神川との間の山(標高1033.7m)にあり、比高は196mです。
 更に登った標高1370m付近には遠見番所があるそうです。曲輪は全体的に狭いです。
 全部見るには3時間くらい必要らしいです。
 築城年代は定かではありませんが、比較的新しい時代の築城だと推測できます。
 真田幸村が城主になったとの説もあるようです。

 松尾古城のさらに峰続きには「遠見番所」と呼ばれる高台があり、真田郷全体の監視所や烽火台としての役割も持っていたと考えられます。
 登城される場合には、トレッキングステッキなど、山登り装備で行きましょう。
 駐車場はありませんので、路上駐車となりますが、狭い道ですので、大型消防車でも通行できるスペースは開けておくよう、心掛けをお願い申し上げます。

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日向畑遺跡

 松尾古城の南麓には「日向畑遺跡」があります。
 昭和46年の発掘調査では、室町時代から戦国時代の墳墓跡が発見されました。

 この墓は、昔の真田一族の墓ではないか?と考えられているとの事です。

 日向畑遺跡

 そうなると、墳墓脇のこの台地が真田家の初期居館跡と言う事なのでしょうか?
 その場合、更に松尾城(松尾古城)が真田氏初期の詰めの城であったとも言えてくると思いますが、この墓が真田一族のものであるかどうかは、不明と言った方が良いような気がいたします。

 駐車場はありませんが、付近の道路わきに止める事ができます。
 行き方・アクセスですが、岩間温泉へ通じる道沿いにあります。
 見学所要時間は5分です。

 

 → 真田の里紀行はこちら

 

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コメント

    • 玉堂
    • 2016年 10月 10日

    戦国時代の宮城県刈田郡小原村(小原、おばら)の野臥集団「小原二十騎」に関する文書が 東京大学の所有する伊達天正日記の中に「御野臥日記」と題して記されている。伊達家が小さな村の野臥になぜ「御」を付け表記したのかが気になる。
    その小原には「小日向(こひなた)」という名前の地区があり、そこは慶長時代に通っていた道から外れた場所である。不思議なことにその地区だけ六文銭のお寺の檀家が多く、現在も隠れ里の面影を色濃く残している。白石川と小原温泉、鉱山跡…。
    隠れキリシタンというキーワードで仮説を立てると全ての点が線で繋がるように思えてならない。

    • 高田哲也
    • 2016年 10月 10日

    玉堂さま、情報ありがとうございます。

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