織田信長と多動力〜信長から学び今に活かせる3つの行動〜

清洲城




「あなたにはやりたいことありますか?」

おそらくほとんどの人は何かしらやりたいことはあると思います。
しかし、ほとんどの人はやりたいことをせずに行動せずにいると思います。

ネットも無く、交通機関も連絡手段もありとあらゆるものが発達していなかった時代に、自分の思うがままに行動していた(=多動力)人物がいます。
それが「織田信長」です。

信長はどんな行動をしていたのか、この答えの中にきっとあなたの背中を押すきっかけになるものがあるでしょう。



信長の行動から学べる1つ目の大切なことは「新しいことに挑戦する」ということです。

織田信長は天文3年(1534)に尾張国(今の愛知県)の那古野城というお城で生まれ、父の信秀が死ぬと、家督を継ぎました。
その頃つけられていたのが「うつけ」です。
広辞苑では、「空っぽ、まぬけ、愚か」などの意味で載っており、要するにバカだったということです。
当時の人々の中では、戦国武将の服装は小袖(長袖のようなもの)と肩衣(袖のない上着のようなもの)などを組み合わせて着ることが当たり前でした。
それに対して、信長は湯帷子(入浴時に着る服)を袖脱ぎの状態で着ていたり、柿や餅を立ち食いしていたり、腰にひょうたんをぶら下げていたりしており、当時の人たちには考えられない異様な風体をしていたようです。

小袖と肩衣では動きづらく、暑苦しいのは今の我々が見てもすぐわかります。
それに対して湯帷子は動きやすそうで涼しそうです。
立ち食いだって座って食べるより効率がいいですし、今では当たり前の光景です。
ひょうたんには水が入っており、その場で給水ができるため水分不足に困りません。
今でいうペットボトルや水筒と同じ働きです。
このように織田信長は当時の人がやってないことを批判を気にせずに真っ先にやっていたのです。
そして今では当たり前のようにそれらは行われおり、先見性の高さが伺えます。

とにかく新しいことに挑戦しましょう。
新しいことに挑戦していると信長のように多くの批判があるかもしれません。
それでも諦めないことです。
批判があるということはそれだけみんなの注目があるということです。
批判も自分のプラスにしていくことでより大きく成長できるでしょう。
そして新しいことへの挑戦は自分の世界を広げることに繋がります。


信長の行動から学べる2つ目の大切なことは「色んなことに興味を持つ」ということです。

信長は南蛮貿易を推奨し鉄砲や南蛮服など多くの新しいものに興味をもち実際に使っていました。
鉄砲を初めて大量に戦争で使用し劇的な勝利をした長篠の戦い(最近ではあまり多くの鉄砲を使っていなかったとも言われています)もそうですが、興味を持っては実践していたのです。
ちなみに、地球儀を見たときに地球が丸いと理解した初めての日本人だとも言われています。

なんでもいいです。
とにかく色んなことに興味を持ちましょう。
身の回りや旅行先などで気になったものには興味を持つことによって、自然と調べたりして理解が深まり、知識が増え、結果的に自分の世界が広がります。


信長の行動から学べる3つ目の大切なことは「目標のようなものをたててみる」ということです。

信長は永禄10年(1567)に美濃(今の岐阜県)を攻略し、名前を岐阜としました。
この頃から「天下布武」と書かれた朱印を使い始めていました。
「天下布武」の意味は諸説ありますが、一説には「天下の静謐(平和)を図る」という意味で使われているとされ、天下統一を目指し、目標に動き出していたことになります。
そのあとは、安土城できたり、武田氏という強い家を倒したりして目標に向けて前進していきました。

要するに、とりあえず「ぼんやりでもいいから目標を立てろ」ということです。
立てることにお金はかかりません。
逆に立てることによってそこまでの道が少し見えてくるため、歩きやすく、動きやすくなります。
やりたいことや夢は必ずみんな持っています。
とりあえずそれを目標としてたてて見ましょう。
その目標に向かってどうすればいいのか見えてくるかもしれませんよ。


ここまで信長の行動を見て今に活かせることを見てきました。
信長は今よりも環境が過酷な中でこんなにも最先端を歩き、動き回っていました。
批判がありながらも抗い続け、ついには天下統一の一歩手前まで来れたのです。
全てに共通することは、「当たり前のことを当たり前ではないと疑問を持つ。
とりあえず行動する」ことです。
昨日まで当たり前だと思っていたことに疑問を持つことによって自分の世界は広がります。
そして楽しくなってくることでしょう。
行動も同じです。
動かない0と、動く1では天と地ほどの差があります。
まずは動きましょう。
動けば何かしら変化が起きます。
その変化が良いものか悪いものかはわかりませんが、きっと自分を成長させることに繋がるでしょう。

(寄稿)現代の信長

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