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太田一覧
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- 2020/12/8
- 細川氏
小笠原秀清の解説 ガラシャの殉教を助けた細川家の武士
少斎の異名で名高い小笠原秀清(おがさわら‐ひできよ)は、足利将軍家に仕える奉公衆だった小笠原稙盛の息子として生まれました。 稙盛の拝命していた奉公衆は将軍家直属の軍人と言うべき存在であり、つまり決して低い身分ではなかっ… -
尚寧王の解説 薩摩の侵攻を受けた悲劇の琉球王
令和元年(2019年)の大規模火災で首里城が焼失するニュースが日本中を駆け巡ったのは今も記憶に新しく、遅ればせながらもお見舞い申し上げます。 首里城は琉球王国時代、そして日本に組み込まれた近代以降もたびたび線化や火災に… -
阿野廉子の解説 後醍醐天皇の遺志を引き継いだ女傑の伝説
南北朝時代に活躍した女性と言うと、皆さんは誰を思い浮かべるでしょうか。 勾当内侍、赤橋登子、南江久子、雛鶴姫などの女性達は、『太平記』などを元にした作品のヒロインになるなど今でも人気が高いですが、彼女らの頂点に立つ巨星… -
オルガンティノの解説 日本人をこよなく愛したイタリア人宣教師
グネッキ・ソルディ・オルガンティノ(ニェッキ・ソルド・オルガンティーノ)は、日本の戦国時代にあたる、1533年(1530年説あり)に北イタリアのカストで生まれました。 1556年、イタリアのフェラーラで20代の若さでイ… -
- 2020/8/13
- 鎌倉・室町
足利直義の解説 骨肉の争いで散った室町開府の功労者
足利直義(あしかが‐ただよし)は、徳治元年(1306年)に鎌倉幕府の有力御家人・足利貞氏と側室の上杉清子の三男として生まれました。 異母兄として早世した長男の足利高義、同母の次兄に足利尊氏がいます。 室町幕府初代… -
北楯利長の解説 水馬鹿の武士~不毛の庄内平野を米どころに変える~
筆者の郷里である山形県の庄内平野は、ササニシキ、はえぬき、近年ではつや姫や雪若丸と言った米の産地として全国的にも有名ですが、その生産力は戦国時代に活躍した一人の武士が発端であったと言います。その武士こそ、本項で紹介する北… -
高師直 ~非凡な才と苛烈さで恐れられた南北朝の武将~
高師直(こうのもろなお)は、平安初期の皇族・峯緒王(後に臣籍降下して高階峯緒)の血を引く武将で、本名を高階師直と言います。 1991年の大河ドラマ『太平記』(2020年に大河ドラマアンコール)で柄本明さんによる熱演で話… -
松波庄五郎~斎藤道三の父?謎多き美濃の国盗り武将~
2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』で本木雅弘さんの熱演で話題になった戦国武将・斎藤道三は従来、油売りの青年だったのが武士になり、下克上の末にのし上がった武将と言うのが有名でした。しかし、近年では道三による国盗りは彼とそ… -
5分で分かる藤原時平 天神様のライバルは才智に長けた藤原のプリンス
藤原時平(ふじわらのときひら)と聞いて思い浮かぶのは、どのようなことでしょうか。今も根強いのが、天神様として親しまれる菅原道真を大宰府に追い払った悪人と言うイメージですが、本稿では伝説による潤色を除いた時平像を紐解いてい… -
木村重茲とは 豊臣秀次に最後まで殉じた忠義の武人
木村重茲(きむら-しげこれ)は豊臣秀吉配下の家臣・木村定重の子として生を受け、秀吉の甥・豊臣秀次に仕えた武士です。官位から常陸介と呼ばれることが多く、秀次の家臣として名高い重玆ですが、その生年は分かっていません。 …
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稲葉一鉄(いなば-いってつ)は、土岐頼芸の家臣・稲葉通則の6男として、1515年に美濃池田の美濃・本…
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慶誾尼(けいぎんに)は、慶ぎん尼とも書きますが、1509年に生まれた村中龍造寺家の当主・龍造寺胤和(…
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お市の方は、1547年?に織田信秀の娘として誕生した。呼称としては、市、お市の方、市姫、小谷の方(お…
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秋山虎繁(あきやま-とらしげ)は、秋山領主(山梨県南アルプス市秋山)である秋山信任(秋山新左衛門信任…
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大蔵卿局・大蔵局(おおくらのつぼね)は浅井長政の家臣だっとされる大野定長の妻で、茶々の乳母であったと…