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高山右近の解説 6万石になったキリシタン大名はマニラで没した?
高山右近とは 高山右近(たかやま-うこん)は、戦国時代の1552年、三好長慶の重臣・松永久秀に仕えている沢城城主・高山友照(高山ダリヨ)の嫡男として、摂津の国・高山(現在の大阪府豊能郡)で生まれた。 母は洗礼名が… -
岩佐又兵衛~荒木村重の生き残った子供で浮世絵の先駆者
岩佐又兵衛は、1578年に有岡城主・荒木村重の子として誕生した。 母は岩佐氏の娘とされるが、詳細は不明。(荒木だしの娘とも?) この1578年10月、父・荒木村重が織田信長に反旗を翻し、1579年に荒木村重が有岡… -
池田和泉守~日本で初めて鉄砲自殺したとされる荒木村重の重臣
摂津池田氏の一族か? 池田二十一人衆である池田周防守の遺児とする説もある。 池田和泉守は荒木村重に仕え、織田信長への謀反にも参加し、有岡城北西の昆陽口砦を守備した。 1579年9月2日の夜、有岡城で籠城していた荒… -
荒木村次(尼崎城主)は荒木村重の嫡男、そして次男・荒木村常
荒木村次は、有岡城主・荒木村重の嫡男で、生年は1561年頃と推定。 母は、伊丹家の家臣団(伊丹市北河原)である、北河原長勝(北河原三河守長勝、北川原長勝)の娘とされる。 この北河原長勝は、伊丹城主・伊丹親興?の第… -
中川清秀 荒木村重傘下の有能な武将
1542年に誕生。父は高山重清(中川重清、中川佐渡守重清)で、母は中川清村の娘。 父である中川重清は、桓武平氏良文流の後裔である常陸の高山重利の次男とされるが疑問点もある。 高山右近の父・高山友照は、中川清秀の父・高… -
荒木村重の解説【有岡城の戦い】 黒田官兵衛の投獄詳細も
荒木村重とは からの続きです 1578年1月、織田信長は、織田信忠・武井爾伝・林秀貞・滝川一益・細川藤孝・明智光秀・長谷川与次・羽柴秀吉・丹羽長秀・市橋長利・長谷川宗仁と言った主だった武将12名を安土に招いて茶会を… -
荒木村重とは~池田家家臣から摂津37万石の大名に出世した豪傑
荒木村重(あらき-むらしげ)は、1535年、荒木義村(荒木信濃守義村)の嫡男として生まれた。祖父にあたる荒木高村の子とする説もある。 母の名などは不詳。 元々、荒木家は波多野氏の一門で、荒木村重から見ると祖父にあ… -
荒木だし(荒木ダシ、たし)~荒木村重の継室?
荒木ダシは、有岡城主・荒木村重の正室だとされるが、1561年に荒木村重は正室・北河原長勝の娘との間に嫡男・荒木村次が誕生しているので、荒木ダシは「継室」又は「側室」と呼んだ方が無難か? 「だし」という名前はクリスチャン…