カテゴリー:今川氏

  • 吉田城(三河)~訪問記・写真集 今川と徳川の攻防

     豊橋の吉田城(よしだじょう)は、安祥城主・松平長親を警戒するため、1505年に長山一色城主・牧野成時(牧野古白)が、今川氏親の命を受けて、付近に城を築いたのが始まりとされています。  築城当初は今橋城とも呼ばれました…
  • 今川家の滅亡~掛川城と今川氏真・朝比奈泰朝 薩埵峠の戦い

     掛川城は、駿河の守護大名・今川義忠が、重臣・朝比奈泰煕に命じて、文明年間(1469年~1487年)に築城されたとされる。  朝比奈泰煕が城主となると、朝比奈泰能・朝比奈泰朝と、代々朝比奈家が城主を務めた。 …
  • 今川義元は領国経営に優れた優秀な戦国大名だった

    今川義元(いまがわ-よしもと)は、1519年、駿河・遠江守護の今川氏親の5男として生まれた。幼名は芳菊丸/龍王丸。 母は、父の正室である寿桂尼(権大納言・中御門宣胤の娘)。 (さらに…)…
  • 実際の今川義元は凡将だったのか?~本当の今川義元は?

    駿河・今川義元は寸胴短足で馬に乗ることができず、合戦の時なども「輿」に乗り移動したと言われているが、その記述がある資料は江戸時代中期に書かれた物で、信憑性は極めて低い。 今の世でもそうだが「勝者」は抵抗勢力・敵勢力を「…
  • 徳川家康【超詳細版】~徳川家康にすごく詳しくなれる詳細版

     小生は今まで、あえて天下を取ったような大立身した武将には焦点を向けて参りませんでしたが、今回、徳川家康の「生き様」を深く知りたくなり、徳川家康について詳しく調べてみました。  当初、数日あれば大丈夫かな?と考えていた…
  • 北条早雲【詳細版】戦国時代の幕開け~北条早雲の生涯

     北条早雲(北條早雲)は、一介の素浪人から戦国大名になった下剋上の始まり、戦国時代の幕開けとなった人物とされてきたが、そもそも、何の実力も無い者が一国の主になる事は非常に困難である。  その後の研究では、北条早雲(北條…

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  1. 瀬名(せな)とも言う築山殿(つきやまどの)は、今川家一族の駿河持船城主・関口親永(関口刑部少輔)(ま…
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  3. 常高院(じょうこういん)・浅井初(お初、於初)は、1570年に小谷城にて生まれた。 父は小谷城主・…
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  4. ▼本能寺の変(1582年・天正10年)が起ったとき、織田勢で京から最も遠い任地にいたのが滝川一益だ。…
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