文室綿麻呂と都留伎~二戸アイヌ壇の史跡とねぶた祭りの関係

二戸アイヌ壇の史跡と

その昔、先住民族であるアイヌ人は、北海道を中心に北は南部樺太や千島などだけでなく、本州では津軽・下北、そして岩手など広範囲にわたって暮らしていました。
そのため、岩手県二戸市堀野字大谷地にも、そんなアイヌの遺構として「アイヌ壇」と言う史跡があります。
壇(ダン)と言うのは、アイヌ語で祭場と言う意味になります。
厳密に申し上げますと、アイヌ語での祭壇は、イナウ・サン、ヌサ・サンと言います。
その「イナウ・サン」を和訳すると、壇と言いますと言うのが正しい理解法となります。


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文室綿麻呂(ふんやのわたまろ)が大軍を率いて蝦夷を征伐しました。
このとき、従わないアイヌ人60数人を切った所だと伝わっており、たくさんの人骨が出たと言います。

また、二戸の仁左平(にさたい)というところには、蝦夷首領・伊加古の墓(いかこ)とされるものがあるそうです。

文室綿麻呂

文室綿麻呂(ふんや-の-わたまろ)は、平安時代の公卿で765年生まれとされます。
父は大納言・三諸大原(みもろ-の-おおはら)で、791年には陸奥介兼鎮守副将軍と言う地方官として蝦夷征討の任にあたっていました。

794年には、征夷副将軍・坂上田村麻呂が、阿弖流為(アテルイ)などの蝦夷討伐で遠征していますが、三諸大原も従軍していた可能性があります。
三諸大原の戦功は不明ですが、勲三等の叙勲を受けているため、功績はあったと考えられます。

文室綿麻呂は父が、三諸から三山と改性したのに伴い、姓名が変わっており、文室綿麻呂と呼ぶのが一般的となっています。
文室綿麻呂も、801年に坂上田村麻呂らと蝦夷討伐に派遣されており、806年に、平城天皇が即位すると侍従となって天皇の側近になっています。

その後、嵯峨天皇と復位を狙った平城上皇が対立すると失脚したようですが、戦闘経験も豊富だったことから、坂上田村麻呂が身柄を拘束されていた文室綿麻呂を復帰させます。

そして、811年には、再び蝦夷征討の責任者となり征夷大将軍となって、志波城を移転して徳丹城を築くと東北に常駐するようになり、行動の詳細が「日本後紀」に記載されています。


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811年7月頃には、19500の兵力にて二戸の爾薩体らと共に青森県南部まで制圧し、蝦夷を多数降伏・殺害・捕虜にしたとあります。
恐らくは、この頃に、二戸のアイヌ壇のアイヌ人も殺害されたと言う事になるのでしょう。

都留伎

官軍の先陣・都留伎(つるぎ)の攻撃方法は、変わっていたとされます。
なんでも、武器も持たずに、みんなで「ねぷた、ねぷた」と言いながら楽しく踊って、敵陣に入ると、敵もつられて踊り出したと言います。

そして、戦う代わりに敵と「踊り競べ」をすっぺと言う事で、何をする?
と言う話になりました。
その「何」がアイヌ語で「ネプタ」と言う発音だそうです。
敵も味方も入り乱れて踊り、いつしか、敵を饗宴するような状況となり、10日も経過すると、都留伎はアイヌの首領・伊加古に降伏を促しました。

戦っても勝ち目はないぞ。
税を納める約束をすれば、そのまま住めると・・・。

投降した伊加古は、文室綿麻呂のもとへ向かいましたが、そもそも反乱を納めるのが主眼だったこともあり、文室綿麻呂は「津軽へ逃れたい者は、自由に逃れればよい」と話したと言います。
しかし、アイヌの人々の中で反乱を続けたものは殺害されました。
そのひとつが、アイヌ壇と言う事なのでしょう。

一方で、圏外とされる津軽に逃れた大量のアイヌ人は感謝したようで、夜に宴会のような祭りをする「ねぶた祭」の由来になったともされています。

降伏した蝦夷(アイヌ人)は、希望する者は津軽への移住が許され、既に降伏していた者は陸奥・出羽に配置されたようです。
そして、抵抗して新たに捕虜とした蝦夷のみ、朝廷へ送られました。

こうして蝦夷の反乱は鎮圧され、文室綿麻呂は従三位・中納言になっています。


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文室綿麻呂は凱旋すると、陸奥国に4年間、出羽国には3年間の、租税免除を願い出て、許されています。
38年に渡る戦で荒廃した東北の地を気遣っていたことが分かりますね。

さて、二戸にあるアイヌ壇の史跡がある場所ですが、当方の東北オリジナル地図にて場所を示しています。
石碑のみがある史跡ですが、フェンスと木々に覆われていて、わかりにくかったです。

近くには九戸城もありますので、セットでどうぞ。

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