ゴルフの歴史・ゴルフの起源 (番外編)

戦国武将列伝Ω


 ゴルフゲームの起源はどのようなものなのだろうか? 

 イギリス発祥の紳士のスポーツとして知られるが、その起源についてはスコットランド以外にもオランダ、フランス、イタリア、中国など 様々あるが 定説は存在しないようだ。

 北欧の打った球を柱に当てるスポーツ=コルクが、スコットランドに伝わって発展したとする説。
 近年、オランダからスコットランドへのゴルフボール輸出書類が発見され、オランダの「フットコルフェン」から来ているとする説。
 中国の元の時代の書物「丸経」(ワンチン)に記載されている「捶丸」(チュイワン)という競技を起源とする説。
 
 様々な説があるが、ゴルフをしていような様子を描いた古い絵画が ヨーロッパの各地に存在もしている

 恐らくは紀元前からスポーツと言うよりは、単なるその場の遊びとして存在していたのだろう。
 初期のゴルフでは現在のような整備されたコースではなく、モグラの穴など、自然にできた穴を利用して、球を入れる遊びを楽しんでいたと容易に推測できる。



 しかし、現在のゴルフ試合に近い形態は オランダが発祥地とされ それがスコットランドに渡って、人気を博したようだ。
 1300年当時のオランダで行われていた記録では、各ホールの距離が 1000ヤードもある 4ホールのコースで プレーをしていたとある。
 羽毛を中に詰めた皮製のボールを打っていたようで、そのゲームが spel metten kolve (または kolven) と呼ばれており、その後、kolf と呼ばれるように変移した。
 そして、渡ったスコットランドにて golfe/golf と呼ばれるようになったと言う。

 1452年にスコットランドで ゴルフボール 10個が 10シリングで売られていたという記録が残されている。
 また、1457年に スコットランド政府が国民に「ゴルフ禁止令」を出したものの、国民はそれを無視してゲームに興じたという話は有名だ。

 1860年、第1回全英オープンが開催されたコースは12ホールしかなくで、3日間、合計36ホールで争っている。
 昔のゴルフコースは距離、大きさ、ホールの数などがまちまちだったが、ホール数が少なく、距離の短いものが多かったようだ。
 
 日本にゴルフコースが出来たのは1901年で、神戸の六甲に 4ホールのコースが オープンして、それが 1903年には 9ホールに拡大された。
 また、日本初のゴルフクラブ 「神戸ゴルフ倶楽部」 が結成されている。

 

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でフォローしよう!




関連記事



あなたの思いを下記にどうぞ

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。


気になる戦国女性

  1. 淀殿をご紹介する記事では、できる限り中立的な立場にて記載したつもりですが、父・浅井長政や、母・お市の…
  2. 島津亀寿(しまづ-かめじゅ)と言う薩摩のお姫様がいます。 亀寿姫と呼びますが、法名から薩摩では持明…
  3. 瀬名(せな)とも言う築山殿(つきやまどの)は、今川家一族の駿河持船城主・関口親永(関口刑部少輔)(ま…
  4. 早川殿(はやかわどの)は、早河殿とも書きますが、今川氏真の正室になった女性です。 NHKの2017…
  5.  片倉喜多(かたくら-きた)は、1538年に伊達家臣・鬼庭良直の娘(長女)として生まれた。  母は…

人気の戦国武将

  1. 長篠城を包囲した武田勝頼に対して、徳川家康・織田信長が38000の援軍を派遣すると、武田勝頼が120…
  2. 実際の山本勘助 武田家は滅んだ大名のため、武田家に関する資料は多く残されていない。 武田氏の…
  3.  天正壬午の乱(てんしょうじんごのらん)は、1582年6月、織田信長の死後、空白地帯となった甲斐・信…
  4. 宮尾城(みやおじょう)は、厳島神社で有名な宮島にある平山城で、別名は宮ノ尾城、宮尾ノ城、宮ノ城とも呼…
  5. 1535年7月23日、伊作城(本丸を亀丸城と呼ぶ)にて島津義弘(しまづ-よしひろ)が誕生。父は島津貴…

戦国グッズ通販

実際に鉄板も使用した本物志向「高級」甲冑型の携帯ストラップ
甲冑型ストラップ

戦国浪漫グッズ
戦国武将グッズ

自作甲冑キット新発売
甲冑自作キット
戦国浪漫「戦国グッズ」通販

メールでお知らせ

新規記事追加をメールで受信

ページ上部へ戻る