平賀源心の墓~海ノ口城の戦い


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この山梨県北杜市の若神子(わかみこ)に平賀源心の墓なるものがあるのは知っていたのですが、たまたま通った道路沿いに発見しましたので、ちょっと寄ってみました。

上記写真の1番左が平賀源心(ひらが-げんしん)の墓です。

一瞬、エレキテルの人かと思いますが、平賀源心(平賀成頼)とは武将の名前でして、武田晴信(武田信玄)が初陣を果たした際に、海ノ口城にて討ち取った敵大将です。

その首を持ち帰り、この若神子城近くの若神子にて埋葬したとされるのが、この平賀源心の墓だと言われています。

平賀城主・平賀源心は、1536年11月に武田信虎が佐久の海ノ口城を攻撃した際に、加勢に来ていた敵の猛将で、怪力無双、四尺三寸の大太刀を振り回すと言われた武人です。

武田信虎は8000にて出陣しました。
この時の武田勢は、加藤虎景、原昌俊、板垣信方、板垣信憲、内藤虎資、青沼昌世、飯田虎春、飯田有信、教来石信保、教来石信房、教来石信頼、小沢昌光、青木信種、青木信立、山寺信明、青木満懸、青木信定、柳沢貞興、柳沢信房、柳沢信景、落合昌貞、青木昌基、曲淵吉景、 上原虎満、上原昌辰、上原昌成、上原昌貞、上原盛昌、日向昌時、日向虎忠、日向秀泰、日向虎顕、広瀬景昌、鯰江頼母、甘利虎泰、甘利信益、曽雌虎忠、工藤虎豊、工藤祐元、工藤昌英、工藤祐久、長坂虎房、 今井信甫、今井信良、今井虎甫、今井虎意、今井貞恵、今井信昌、矢戸虎守、江草信恒、津金胤時など蒼々たる軍勢です。

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海尻城の支城である海ノ口城攻撃したのですが、約2000は籠城したため、武田信虎は攻めあぐれます。

海ノ口城を守った井上清忠と平賀源心斎(大井成頼)は約1ヶ月籠城を続けたのです。

そして、大雪が降ったこともあり、武田信虎は12月26日に甲斐へ引き揚げる決定をして、27日に撤退開始するのですが、元服したばかりである武田晴信(16歳)が殿(しんがり)を申し出て務めました

この時、武田晴信300は帰ると見せかけて、休息をとったあとに戻って海ノ口城を急襲します。

武田勢が撤退したと安心しきって正月の準備をするために早く家に帰っていた海ノ口城の城兵は80名ほどしかなく、たまたま残っていた平賀源心らが抵抗しますが、小幡盛景と教来石信房(のちの馬場信房)に討ち取られて海ノ口城は落城しました。

積雪がある中、早朝に攻撃して大手柄を立てた武田晴信(武田信玄)でしたが、父・武田信虎は「空城だから落とせたのは当たり前だ」と言い、武田晴信の智略を認めようとせずに、逆に怒ったと言います。

落胆した武田晴信は、この地に平賀源心(47歳)の首を埋めて供養したとされています。

さて、平賀源心の墓の場所ですが、民家と民家の間をちょっとだけ入った、民家の軒先にあります。
下記の地図ポイント地点の付近に、行政の標識がきちんとありますので、近くに行けば分かります。
ただし、駐車場はありません。
付近にある「くろがねや」さんで買い物がてら止めると良いかも知れません。

ちなみに、平賀源心の胴塚は平沢峠の近くにあります。

なお、江戸時代中期の発明家で有名な平賀源内はご子孫となります。

海ノ口城~武田晴信が初陣にて300を率いて落とした山城
平賀源内~エレキテルで知られる多芸多才な時代の先駆者
史跡訪問に便利なオリジナル地図(関東周辺)

 

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