池田綱重(池田長門守綱重)~真田家随一の奇襲の名人





 池田綱重(いけだつなしげ、池田長門守綱重)は真田昌幸の家臣で、砥石城代を務めた時期もあったと言う。

 真田昌幸の話によると「真田家随一の奇襲の名人」とされ、徳川勢との第1次上田城の戦い(上田合戦)では、鉄砲隊を率いて、徳川の先鋒部隊を奇襲攻撃した。

 真田昌幸が豊臣秀吉に臣従したあとは、伏見の真田屋敷に移り、真田本家の留守居役を務めた。

 1600年、石田三成と徳川家康の関ヶ原の戦いのあと、伏見から脱出することに成功して、上田城に戻った。
 その後、真田昌幸・真田幸村高野山配流が決まると、真田信之に願い出て、紀州・高野山に入った家臣275名の1人に加わっている。



 九度山では、原出羽守、小山田治左衛門など、家来の中でも身分が高かった1人であり、真田庵(真田屋敷)の北面に住居を設けた。
 低い石垣と板塀で隔てられていたが、双方の出入りは自由であったとようだ。

 その後、真田昌幸の死後、沼田城に戻ったとされ、大阪の陣では真田信之に従って大阪城の戦いに参加し、真田幸村とは敵になったと言う。

★真田家のおすすめ記事
小野お通(小野於通、小野通) 戦国時代に名を残す謎多き京の才女
信州上田・真田の里紀行 観光所要時間ルートなどご紹介
真田幸村と大河ドラマ「真田丸」 真田幸村とは、その実像は?
九度山とはどんなところ 真田庵・真田屋敷
真田十勇士とは~真田十勇士の一覧リスト
真田幸村(真田信繁)の妻と子供たち一覧表

高田哲哉日本の歴史研究家

投稿者プロフィール

(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査・研究している歴史人物研究家です。
自慢できるものはありませんが、資格は史跡訪問のための国内旅行地理検定2級、水軍研究のための小型船舶操縦士1級など。

この著者の最新の記事



コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA




ピックアップ記事

  1. 1568年に誕生した愛姫(めごひめ)の父は、三春城主・田村清顕で、母は相馬顕胤(小高城主)の娘・於北…
  2. 戦国武将列伝Ω
    久保姫(くぼひめ)は、飯野平城(陸奥・大館城)主・岩城重隆の長女として1521年に生まれた。 通称…


Twitter でフォロー



ページ上部へ戻る