河原村伝兵衛(川原伝兵衛、川原村伝兵衛、河原伝兵衛)
元は三河の浪人とされ、山県昌景の同心として活躍した。
1570年、伊豆・韮山城攻めで、山県昌景隊が深入りし危機に陥った際に、河原村伝兵衛は白地に「船」の一字を書いた旗を指し、1人で6回も敵に突撃をし、山県昌景隊の危機を救ったとされる。
この武功を武田信玄は大変気に入り恩賞として、その場で杯、槍、刀、そして武田信玄自らの手で甲州金を三すくいほど与え、河原村伝兵衛を剛の者と褒めたと言われる。(甲陽軍鑑による)
これ以外に河原村伝兵衛に関する記録は残っておらず、詳細は不明。
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