安慶名城の安慶名大川按司と知花城の越来賢雄(鬼大城の墓)

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安慶名城

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琉球王国にも深くかかわった安慶名城の安慶名大川按司と、知花城越来賢雄鬼大城の墓の2本立てで、一気にご紹介してみたいと存じます。

安慶名城

沖縄の安慶名城(あげなじょう)は、安慶名大川按司が築城したグスクとされ、大川城(大川グスク)とも呼ばれ、沖縄県うるま市にある国史跡指定です。

この安慶名大川按司は、1300年後半の武将で、今帰仁城から逃れた中山の子孫・伊覇按司の分家、伊波按司の三男(もしくは五男)だと考えられています。

天願川近くにある琉球石灰岩独立丘陵の断崖を巧みに利用した城壁は野面積などになっているそうです。

また、日本本土の山城にあるような武者走りと呼ばれる輪郭式の構造もあるそうです。

更には、自然の岩盤の裂け目を利用したアーチ状の「石門」もあるそうですが、今回は、足元も悪かったため、探検は断念しました。


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安慶名大川按司の長男は、この安慶名城を引き継いだとされます。
次男は屋良城、三男は具志川城、四男は喜屋武城を任されました。

二代目の安慶名大川按司には男子が4人いて、2男は高根按司、4男は具志川按司、4男は久志若按司になったようです。

三代目まで続いたようですが、その頃は、中山王(ちゅうざんおう)は尚真王の時代になっており、各地の有力領主(按司)は首里城に集められます。
それに逆らったようで、安慶名城は攻められたともあります。
なお、安慶名城には水がなく籠城に適さなかったとも言われているようです。

4代目は宜野座村惣慶へと移ったようで、子孫は金武門中とも呼ばれます。

現在の安慶名城は、安慶名中央公園となっており、一応は整備されています。
公園駐車場から左手に登城口がありますが、城域は、ほんと手付かずの状態で、見学はもちろん無料です。

また、安慶名公園には、古代ローマの円形球技場のような安慶名闘牛場もあります。
定期開催ではなく年に1~2回だけなので、いつでも見学できると言う事ではないのですが、その闘牛場から見た安慶名城の自然の崖を利用した城壁一番迫力あるように思えます。

安慶名城への行き方・アクセスですが、当方のオリジナルGoogleマップにて無料駐車場の場所を示させて頂いております。
ただし、無料の駐車場のためか、50台ほど止められる駐車場も地元の方が止めているようで「ほぼ満車」でして、その反面、公園では誰も見かけないと言う状態でした。

観光所要時間は30分といったところですが、一の郭まで登る場合には、スニーカー以上を推奨です。

知花城

知花城(ちばなグスク)は標高88m、比高30mの山城で、沖縄の沖縄市にあり、嘉手納基地もほど近いです。
カルスト残丘地形を利用した山城で、頂上部には自然石の城壁が残っていると言いますが、日本本土で言うと「砦」に近い規模の城です。


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知花城の城主は不明とされていますが、首里王府の総大将として勝連城主・亜麻和利を討伐した鬼大城(おにうふぐすく)が、第一尚氏の滅亡後、第二尚氏に追われ自害した場所だとされています。

越来賢雄(鬼大城)は、首里城主・尚泰久王の長女・百度踏揚が、阿麻和利に嫁いだ際に、王女の従者として付き添った武将です。
1458年8月、護佐丸・阿麻和利の乱となり、阿麻和利が第6代国王の尚泰久王を裏切ると、百度踏揚を勝連城から連れ出して首里に伝えたとされています。

そして、尚泰久王より討伐を命じられた鬼大城(大城賢勇)の王府軍は、勝連城を包囲しました。
このとき、越来賢雄(鬼大城)は、一計を試みて、自ら女装して城に忍び込み、油断していた阿麻和利を討ち取ったとあります。
ただし、鬼大城の弟・賢休が討死すると言う悲しい出来事もあったようです。

この戦功により、鬼大城は越来・具志川・美里の領地を与えられ、越来間切(沖縄市越来)の総地頭職となり、越来賢雄(ごえく-けんゆう)と名乗ります。
更に、妻には王女・百度踏揚を迎えました。


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1469年、尚徳王が29歳で死去すると、金丸(後の尚円王)がクーデターを起こしました。
そして、第二尚氏王統の初代国王・尚円王(しょうえんおう)によって、越来賢雄(鬼大城)も攻められたのです。

一説では、知花城の中腹にある壕の中にて、越来親方賢雄は隠れていましたが、発見されて焼き殺されたとも言われています。

その壕がある場所に、上之殿毛・鬼大城のご子孫が墓を建立しました。
下記が越来賢雄の墓(鬼大城の墓)となります。

鬼大城の墓

鬼大城の墓がある場所は道も狭くわかりにくいので、当方のオリジナルGoogleマップにてよくご確認の上、お出かけ願えますと幸いです。

下記が鬼大城の墓の登り口の写真です。

鬼大城の墓入口

なお、知花城の山頂部には展望台もあるとの事ですが、2017年現在、崩落の危険性があるため立入禁止となっています。
また、野宿されている方がおられるようでもありますので、ご注意を。

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