更科六兵衛~笠原新六郎【ステキな金縛り】清須会議


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 三谷幸喜監督の映画「ステキな金縛り」「清須会議」(清洲会議)にも登場する西田敏行さん扮する武将・更科六兵衛
 2011年に公開された「ステキな金縛り」は、自信を失っていた女性弁護士・宝生エミ(深津絵里)が、証人として法廷に幽霊の更科六兵衛を登場させると言う、大変ユーモアがあり、尚且つ、感動できる三谷幸喜脚本らしい映画で、大変評価できる。

 更科六兵衛は架空の武将だが、モデルになった武将がいると言われ、それが「笠原新六郎」と言う武将だ。

 この笠原新六郎の出自は、信濃・佐久の志賀城城主・笠原新三郎清繁(笠原清繁)の笠原家と考えられ、1547年に武田家が攻めた際、落城し荻原昌之に討ち取られた。
 この時、笠原清繁の妻は、武田家臣・小山田信有の側室となり、生け捕られた女・子供や家臣らも全て甲府へ連行され、人身売買されたとされる。
 なお、笠原一族である笠原光貞(笠原能登守光貞)は相模の北条を頼って逃れる事に成功し、北条氏政の家臣となっていた。
 この笠原光貞(笠原能登守光貞)の次男・笠原新六郎常克が、駿河の戸倉城主・松田尾張守の養子となり、松田新六郎と称したと考えられる。
 笠原新六郎常克は、笠原新六郎政晴(笠原政尭、笠原政晴)とも称した。

 1581年発給の武田勝頼の文書では「松田憲秀の次男」と記載されている。

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 いずれにせよ笠原政堯が守備した戸倉城は、1579年に武田勝頼が築城した三枚橋城(沼津城)と隣接しており、武田の抑えとして最前線の重要な城であったが、度々の武田勝頼の攻撃にも拘わらず、戦果を挙げた形跡が余りない。
 その為か、北条家内では「臆病者」などと噂されたようで、弟・松田直秀が北条氏直に寵愛されているのに対し、立場を悪くしていったようだ。
 そんな中、武田家臣の三枚橋城主・曾根昌長から内応を持ちかけられ、1581年10月、武田勝頼に内応し北条家を離反した。
 武田氏の支援の元では、義弟の笠原照重を攻めて敗死させている。

 1582年、武田勝頼が天目山の戦いで討死すると、父・松田憲秀の懇願によって、笠原新六郎(笠原政堯)は出家することで、北条氏政・北条氏直に許されて北条家臣に復帰している。
 1590年、豊臣秀吉小田原攻めでは、堀秀政の調略によってこの笠原新六郎(笠原政堯)が、豊臣秀吉への内通を松田直憲と画策したとされ、この松田直憲の裏切りが、北条家滅亡に繋がったとされている。松田直憲は、独自に豊臣秀吉と北条氏の和睦の道を模索したとも考えられているが、松田直秀が、北条氏直に松田直憲と笠原新六郎(笠原政堯)の裏切りだと報告。
 北条氏直は、松田直憲を小田原城にて監禁し、笠原新六郎(笠原政堯)を小田原城内で殺害した。
 小田原城開城後、豊臣秀吉は松田憲秀に切腹を命じている。

 この不幸な人生を送った?とも言える、笠原新六郎を三谷幸喜監督は更科六兵衛と言う、キャラクターにしたようだ。

 では、なぜ「更科」と言う苗字にしたのかだが、下記のように推測している。

 武田信玄の甲府の西・韮崎には「更科姫」と言う伝承がある。
 この更科姫も実在した女性ではない可能性が高いことから、そんな更科姫の事まで勉強していた三谷幸喜さんが、武田に「裏切った」と嫌疑を掛けられた北条家臣と言う事で「更科姫」から名のヒントを得たものと、勝手に思っている。

 以上、よければ本当の「清洲会議」の話もご覧願いたい。

伊豆・戸倉城~伊豆と駿河の国境にある戸倉城こそが更科六兵衛の居城だったか?
更科姫~勇婦~歌舞伎の「紅葉狩」に登場するお姫様
果たして、大河ドラマ「真田丸」にも更科六兵衛は登場するのか?

 

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