景徳院~鳥居畑の戦い(天目山の戦い)と武田勝頼の墓 訪問記





1583年3月、織田信長・徳川家康の連合軍が甲斐に侵攻し、武田勝頼は家臣の離反が相次ぎ、一度、岩殿山城を目指しましたが、断念し真田昌幸岩櫃城を目指して天目山方面に逃亡しました。
しかし、織田・徳川勢についに捕捉され、この景徳院がある田野の地で終焉を迎えたのでした。

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上記写真は、鳥居畑の戦い(鳥居畑古戦場、天目山の戦い)の碑です。県道218号沿い、田野の景徳院のちょっと手前にありますが、見落としやすいです。
滝川一益河尻秀隆ら4000に対して、武田勝頼勢はこの時すでに僅か50名ほどだったとされます。
※各写真はクリックすると拡大します。

景徳院は県道218号沿いに無料駐車場があります。駐車場から西野屋のウラを通り、階段を上ると山門があります。
見学所要時間は駐車場から往復20分程度で、階段も長くないのでキツクありません。
 
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写真は景徳院山門です。幾たびかの大火により諸堂を焼失しましたがこの山門だけは、江戸時代の1579年3月に建立されたものが残っています。
そもそも「景徳院」は、武田勝頼公の死を弔うため、徳川家康が武田滅亡後すぐさま、1583年7月に武田遺臣に命じて、建立させました。

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山門から右にソレて行くと武田勝頼の墓があります。
左から武田信勝の墓(武田勝頼の嫡男)、真ん中が武田勝頼の墓、右が北条夫人(武田勝頼の正室)の墓。
ただし、この墓は江戸時代の1775年3月11日の法要の際に建てられた模様です。



2006年の保存修復中に、武田勝頼、武田信勝、北条夫人の法号である「景徳院殿頼山勝公大居士(けいとくいんでんらいざんしょうこうだいこじ)」、「法雲院(殿)甲巌勝信大居士(ほううんいんでんこうげんしょうしんだいこじ)」、「北条院殿模安妙相大禅定尼「(ほうじょういんでんもあんみょうそうだいぜんじょうに)」と記載された大量の経石が発見され、地下には埋納施設が存在する可能性も指摘されています。

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上記は、武田信勝公生害石。他にも下記の通りあります。

武田勝頼の生害石

上記は武田勝頼の生害石。

北条夫人の自刃石

上記は北条夫人の生害石。
しかし、この地に平べったい大きな石が、都合よく3つあったのにはどうも納得いきません。
後世に石を埋めて供養した?
雰囲気を出すためにあとになって設置された石のような気がしてなりません。

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上記は、景徳院の傾斜地にある「没頭地蔵尊」。首無し地蔵とも呼ばれ、武田勝頼の正室(北条夫人) 19歳の遺骸を葬った場所とされます。

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首洗池は、景徳院のすぐ下にある雨沢口に湧く清水の池で、徳川勢が首を洗ったとされています。この標の下にあります。

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上記は「土屋惣蔵片手切り」の碑です。景徳院から県道をかなり上流部に行ったところにあります。
武田勝頼一行は、天目山栖雲寺を目指して景徳院の田野から更に奥まで進んでいたのですが、既に深沢口から反対側に敵が廻り込んでおり、この地で土屋惣蔵が殿を務め、武田勝頼一行は田野まで後退し、岩櫃城行きを断念しました。
詳しい話は下記をご参照願います。

武田氏滅亡の武田勝頼・天目山の戦いと小山田氏滅亡

行き方(アクセス)ですが、下記の地図ポイント地点に大きな無料駐車場とトイレがあります。
そこから、景徳院だけを見るのであれば、見学所要時間は30分といったところになるでしょうか。
夏場は虫除け対策、冬場は滑り止め対策にて是非ご訪問さなってみて下さい。

天目山の戦い

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高田哲哉日本の歴史研究家

投稿者プロフィール

(株)TOLEDO、高田哲哉と申します。
20年以上戦国武将などの歴史上の人物を調査・研究している歴史人物研究家です。
自慢できるものはありませんが、資格は史跡訪問のための国内旅行地理検定2級、水軍研究のための小型船舶操縦士1級など。

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