巌流「佐々木小次郎」の謎が多い生涯

佐々木小次郎

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佐々木小次郎

佐々木小次郎(ささき-こじろう)の出自には諸説ありますが、一般的には、豊前国田川郡副田庄(福岡県田川郡添田町)の豪族・佐々木家だとされます。
他には、越前国宇坂庄浄教寺村(福井県福井市浄教寺町)の出身しともされ、朝倉氏の本拠地・一乗谷城からほど近い「一乗滝」にて、秘剣「燕返し」の修行を行ったとも言われています。
他にも岩国生まれなど諸説あります。

このように剣術修行に励み、中条流富田勢源に入門、またはは富田勢源門下の鐘捲流・鐘捲自斎の弟子になったともされています。
戦国時代が終わった頃には、安芸・毛利家に仕えていたようですが、諸国を周って武者修行を続けました。


そして「巌流」(岩流)と言う剣の流派を作り、佐々木小次郎は剣客として名を轟かせて、細川忠興に乞われ小倉藩の剣術指南役となりました。

身の丈ほどもある、長い長刀「備前長船長光」(通称は物干し竿)を愛刀にしていたともあります。

そして、江戸時代初期の1612年、剣豪・宮本武蔵(20代)が佐々木小次郎(60歳くらい)に挑みます。

宮本武蔵の養子・宮本伊織が、武蔵の死後9年目の1654年に建立した小倉の顕彰碑「小倉碑文」に巌流島の決闘に関して、詳しく記載されています。

「岩流」は「三尺の白刃」を手にして決闘に挑み、武蔵は「木刀の一撃」でこれを倒したとあります。
このときの武蔵の必殺の一撃としては「電光猶ほ遅きが如し」と表現されています。
「両雄同時に相会し」とありますので、宮本武蔵が遅刻したと言うのはのちの創作と言えるでしょう。
佐々木小次郎は、巌流島の決闘にて、即死しました。

なお、巌流の弟子たちは、宮本武蔵を襲撃したようですが、門司城代・沼田延元の助けにて、鉄砲を持つ小倉藩士らに道中を警護され、宮本武蔵は熊本城に向かったともされています。

このように佐々木小次郎に関しては、存在自体も疑われる点があり、信憑性の高い史料は存在していません。
そのため、今まで佐々木小次郎に関しては、当サイトでは触れてこなかったのですが、取り扱い記事数が1100記事になるに従い、いよいよ掲載してみた次第です。
皆様からの追加情報も、下記のコメント欄に賜りますと幸いでございます。


ここからは佐々木小次郎に関する史跡をご紹介してみます。

一乗滝

冒頭でも触れましたが、越前の一乗谷からほど近いところにある一乗滝(いちじょうだき)です。

一乗滝

朝倉氏遺跡の真ん中をいて流れる一乗谷川の上流と言う事になります。
落差は12mで、荘厳な水の糸を引く一乗滝ですが、ここで佐々木小次郎が燕返しをあみだした言われています。

朝倉家の家臣に、富田流小太刀の祖がおり、その嫡男・富田勢源は剣術に非常に優れた武将でした。
弟子として一刀斎の師鐘捲自斎、そして佐々木小次郎らが入門したと言う事になっています。

吉川英次の小説「宮本武蔵」や、井上雄彦の「バガボンド」における佐々木小次郎の設定は越前出身に由来しています。
一乗滝を見学する入口には、佐々木小次郎の銅像が建立されていました。

佐々木小次郎の銅像

他にも、怪力で知れた力士「北国兵太夫」が、鍛錬した滝とされています。
一乗滝の近くには無料駐車場があり、駐車場から滝までは歩いて3分ほどと観光にも便利です。
場所は当方のオリジナル中部の史跡地図にてご確認頂けますと幸いです。

岩国の佐々木小次郎銅像

佐々木小次郎は岩国で生まれたもとされ、錦帯橋の近く、岩国城の城下町に佐々木小次郎の銅像があります。

佐々木小次郎の銅像

もともと「岩柳」と名乗り、あとで「巌流」と名を改めたとされています。
錦帯橋で「燕返し」という必殺技を編み出した言う説は、当時、錦帯橋はまだ存在しないので、ウソとなります。
佐々木小次郎の銅像は場所がちょっと分かりにくいですので、当方の岩国錦帯橋散策マップをご参照願います。

宮本武蔵の生涯と真実を追って~熊本と霊巌洞と武蔵塚も
「岩国城」の見どころと冬夏青青たる「錦帯橋」の優美~岩国城訪問記
山崎景邦 山崎左近将監 富田景政 富田重政 剣術に優れた朝倉武将
細川忠興~文武両道の名将として戦国の世を・・
一乗谷城(一乗谷朝倉館)と一乗谷城の戦い~朝倉氏の栄華

 

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