高野山の徳川家霊台~重要文化財


スポンサーリンク
スポンサーリンク

高野山にある徳川家霊台は3代将軍・徳川家光が1643年に建立したもので、徳川家康徳川秀忠の霊が慰められています。

かつて大徳院の境内であったそうですが、現在は霊台だけが残っていますが、東の日光東照宮、西の高野山徳川家霊台と言われます。

 スポンサーリンク


拝観時間は8時30分~16時30分で、入口にて拝観料(大人200円)を支払い入場します。
なお、金剛峯寺の一部ですので、諸堂共通内拝券で利用するとお得で、ここでも購入できます。
見学所要時間は約10分となります。

高野山の徳川家霊台

日光東照宮の雰囲気もある一重宝形造り(いちじゅうほうぎょうづくり)の建物が2つ並んでおり、左が徳川秀忠の霊舎です。

高野山の徳川家霊台

下記である右側が徳川家康となっています。

高野山の徳川家霊台

東側にも、徳川家光以降の将軍や御三家を祀る尊牌堂(そんぱいどう)があったそうですが、明治21年(1888年)に焼失してしまったとの事です。

高野山の徳川家霊台への行き方ですが、高野山内路線バスですと「浪切不動前」バス停下車ですぐとなります。
駐車場はありませんが、バス通りの道路脇になんとか1台くらい止められるスペースがあります。ただし、土日祝は厳しいかも知れません。

下記の写真はおまけですが、バス通りの反対側にある「金輪塔」です。

高野山・金輪塔

ご近所に真田家ゆかりの蓮華定院もありますので、セットでどうぞ。

蓮華定院【真田昌幸と真田幸村が最初に蟄居した幽閉の地】高野山
豊臣秀次自刃の間(金剛峯寺)(豊臣秀次の記事の下部にて)
金剛峯寺と高野山の歴史~大門・壇上伽藍・金堂【世界遺産】
高野山・奥の院の戦国大名・武将などの墓碑特集
徳川家光とは~3分でわかる280年続いた徳川幕府のの基本政策
姫路・大阪・高野山3日間の旅【真田幸村のゆかりの地】総合計画編

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

最新情報をお届けします

Twitter でフォローしよう!

スポンサーリンク
スポンサーリンク

関連記事

あなたの思いを下記にどうぞ

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

 スポンサーリンク

気になる戦国女性

  1. 山手殿は宇多頼忠の娘という説が有力だが、武田信玄の家臣・遠山右馬助の娘とする説もあり、良くわかってい…
  2. 奈多夫人(なだふじん)は大友義鎮(大友宗麟)の継室です。 奈多城主でもある八幡奈多宮の大宮司・奈多…
  3. 竹林院(ちくりんいん)の生年は不明。 本名は利世(りよ)、安岐姫ともあるが、小説などでの創作名であ…
  4. 千姫(せんひめ)は、徳川秀忠とお江の長女として、1597年4月11日に伏見城内の徳川屋敷で産まれた。…
  5.  片倉喜多(かたくら-きた)は、1538年に伊達家臣・鬼庭良直の娘(長女)として生まれた。  母は…

人気の戦国武将

  1.  石田三成の波乱に満ちた生涯について公開されているホームページは多い。ただし、年表式に石田三成を解釈…
  2.  小山田氏の祖である鎌倉武士・小山田有信から、戦国武将で武田信玄に臣従していた小山田信茂までの「小山…
  3. 筒井順慶(つつい-じゅんけい)は、筒井城主・筒井順昭の子として1549年3月3日に生まれた。 母は…
  4. 田峯城
    菅沼定忠(すがぬま-さだただ)は、田峯菅沼氏である菅沼定継の子となるが生年や母は不詳となる。 …
  5. 今川義元(いまがわ-よしもと)は、1519年、駿河・遠江守護の今川氏親の5男として生まれた。幼名は芳…
 スポンサーリンク

戦国グッズ通販

実際に鉄板も使用した本物志向「高級」甲冑型の携帯ストラップ
甲冑型ストラップ

戦国浪漫グッズ
戦国武将グッズ

自作甲冑キット新発売
甲冑自作キット
戦国浪漫「戦国グッズ」通販

メールでお知らせ

新規記事追加をメールで受信

ページ上部へ戻る