小泉長利~朝倉家譜代の奉行衆

小泉長利(こいずみながとし)は、越前・朝倉家の譜代家臣で、祖先は大和興福寺衆徒の箸尾家だと推定されている。
通称名は小泉藤左衛門尉。

小泉長利は朝倉義景に仕えて活躍し、早くから朝倉景連、河合吉統、前波景定らと共に一乗谷奉行職として国政を担当したと考えられる。
書状などで名が最初に見えるのは1550年5月に、朝倉景定と連署したもので、その後ね1564年6月17日発給の連署を最後に名が見えなくなるので、この直後に死没したと推測される。

なお、子・小泉長治は朝倉家の滅亡後、織田信長に降った旧朝倉家臣で縁戚の溝江長逸を頼った。
しかし、1574年2月19日に一向一揆の襲撃を受けて、溝江家の館にて篭城し応戦したが、溝江長逸と運命を共にしている。(行方不明になったとも?)

テレビドラマ「信長協奏曲」においては、小泉景邦と言う朝倉家の武将が登場したが、小泉長治と山崎景邦を掛けあわせた架空の武将だと推測される。


スポンサーリンク



朝倉義景とは~一乗谷朝倉家百年の栄華
越前・朝倉山城と朝倉景連
一乗谷城(一乗谷朝倉館)と一乗谷城の戦い~朝倉氏の栄華

コメント

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA