小山田神社と内御前(一ノ御前、嶽の内御前)のなぞ


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 長年、武田信玄の家臣でもあり、郡内を治めた小山田信茂の「小山田家」を個人的に研究させて頂いておりますが、東京都町田市にある小山田神社が気になり、訪れてみました。

 秩父桓武平氏出身の秩父有重(平有重)が、1171年に小山田城主となり、小山田有重(小山田別当有重)と称します。
 すなわち、戦国時代の武田信玄の家臣団で最強とうたわれた小山田信茂の先祖ですね。

 その小山田有重が建立したとされるのが、小山田神社です。
 秋葉神社・聖天神社・天王神社・天神神社・弁天神社・稲荷神社の6社が祀られています。
 例大祭は、この付近の神社でも多い「湯の花神事」です。

 

 摂社の弾除神社は、激戦であった日清戦争・日露戦争で氏子に1人の戦死者も出なかった事を感謝して創られた神社で、以降、付近の出征兵士は必ず参拝したと言われます。

 

 一説には小山田頼重(こやまだ-よりしげ)の正室を合祀したともされており、別名を「嶽の内御前神社」と呼びます。
 しかし、この小山田頼重なる人物は、良く分かりません。

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 小山田有重(小山田別当有重)の同年代に、源為義の3男である源義広(志田義広)がいます。
 その源義広(志田義広)の3男が、源頼重(志田頼重)と言う名前でして、比志島系図によると、小山田氏も源義広の後裔と称しています。
 しかし、この比志島氏と言うのは、九州は薩摩の鹿児島北部にある比志島城主でして、その近くの鹿児島の小山田城主と言う事なので、源義広の後裔と称する小山田家は、完全に九州に流された比志島家からの分家の小山田家なのですね。
 呼び方も、町田の小山田家は、おやまだで、九州の小山田家は、こやまだと異なります。

 よって、町田の小山田城主・小山田有重と、小山田神社の小山田頼重との関連性は、見受けられませんので、その昔に混同してしまった可能性もあるかと存じます。
 そう考えますと、町田の小山田城からもほど近い、小山田神社に祀られていると言う「内御前(嶽の内御前、内の御前)」は、小山田有重の正室である八田宗綱の娘(一ノ御前)と考えるのが、適切なように感じます。

 

 また、別の伝説では小山田義重の正室・宇都宮友綱の娘を祀っていると言います。
 言い伝えによると、小山田義重が妾である戸井田庄司の娘を寵愛しているのを嫉んで、宇都宮友綱の娘が長池に投身自殺したのを悼んで祀ったとされています。

 またまた、小山田義重と言う異なる人物名が出てきました。
 この小山田義重は、小山田次郎義重と言う武将で、1223年頃に、近くの神明神社(小山田神明神社)を建立したとある人物ですが、なぞの小山田義重に関しては、下記ページにて検証していますのて、よければ合わせてご覧願えますと幸いです。

 →なぞの小山田義重に迫ってみた

 現在、小山田神社の周辺はハス田になっています。
 これは町田市の大賀藕絲館が、手工芸品の材料にするために、下小山田の農家の方に栽培を委託しているもので、約2000年前の大賀ハスが栽培されいます。
 7月下旬ころに花が咲くと多くの写真家などが訪れて撮影なさっておられますが、観光用では無く、個人の所有地でもありますので、くれぐれも見学なさる場合にはマナーを守って頂きたく存じます。
 町田の大賀ハスと言うと薬師池公園が有名ですが、小山田神社周辺の大賀ハス田は、その1.7倍の規模を誇り、花付きも良いらしいです。

 

 上記写真は、小山田神社付近から、馬場などがある小山田緑地の丘を望む写真です。

 小山田神社への行き方・アクセスですが、下記の地図ポイント地点となります。
 駐車場はありませんが、付近の道路は駐車禁止ではないところがありますので、住民の方にご迷惑が掛から無いよう、短時間(3分間)停めて参拝させて頂きました。

 

小山田有重(小山田別当有重)についてはこちら
小山田記~ 現認・小山田氏400年の存亡【小山田氏関連の考察とまとめ】

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