石船神社に祀られている護良親王の頭蓋骨【山梨県都留市】


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山梨県都留市朝日馬場の石船神社(いしふねじんじゃ)には、大塔宮・護良親王とされる首級が祀られています。

護良親王(もりよししんのう/もりながしんのう)と言う御仁は、建武の新政を行い吉野に南朝を開いた事で知られる後醍醐天皇の皇子で、大塔宮(だいとうのみや)とも呼ばれます。

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護良親王は父・後醍醐天皇の為に、武器を持って東国にて戦っていましたが、結果的に父の意向で捕えられて、鎌倉の土牢に幽閉されます。
その後、北条時行の中先代の乱が起こると、1335年7月23日、足利直義が鎌倉から脱出する際に、家臣の淵辺義博に命じ、護良親王は殺害されてしまいました。護良親王、享年28歳です。

この辺りの話は、護良親王と興良親王【足利尊氏に対抗した生涯】にて別途ご紹介も致しておりますので、よければあとでご覧頂けますと幸いです。

伝承では、折れた刀の刃に噛み付き、目を見開いた物凄い形相の護良親王の首を恐ろしく感じた、淵辺義博が藪の中へ捨てたとされます。

その護良親王の首は、護良親王の妃・南ノ方(南方)や侍女によって、藪の中から拾われて、敵に奪われないよう家臣の松木宗忠が、富士吉田市の小室浅間神社に埋葬したと言われています。
※諸説あります。
その後まもなく、戦火から逃れるため、雛鶴姫の家臣・秋山光政の子である秋山太郎光忠が、山梨県都留市の高根山に御首級を隠したとされるのです。
現在の石船神社の近くです。

石船神社の石碑

そして、江戸時代に入り、1714年に石船神社を再建した際にご神体になったと考えられています。
※各写真はクリックすると拡大致します。

石船神社

念の為記載しておきますと、土牢が復元されている鎌倉の「鎌倉宮」には護良親王の墓や、殺害された際に首を置いたとされる岩もあります。
なお、護良親王の首が埋葬されているとされる場所は、石船神社以外に、王子神社(神奈川県横浜市)、智方神社(静岡県駿東郡)などが、名乗っております。
ただし、実際に護良親王の頭蓋骨とされる「復顔首級」があるのは石船神社だけなようです。

moriyoshi

頭蓋骨には金箔も塗られており、目には水晶が入っているなど、装飾が施されており、鑑定の結果、人の頭蓋骨には間違いないそうです。
なお、護良親王の愛妾?とされる雛鶴姫(ひなづるひめ)も、鎌倉を脱出してこの方向へと逃れたと言う悲話があり、石船神社の当方にある雛鶴峠付近にて落命し、埋葬された場所が、現在の雛鶴神社であるとされています。
※下記写真は雛鶴神社の雛鶴姫の墓です。

雛鶴神社の雛鶴姫の墓

石船神社のご神体(頭蓋骨)は普段非公開ですが、毎年1月15日早朝の初祭り(社の祭当番の引継ぎ)の際に、護良親王の頭蓋骨(首)が特別公開されるそうです。
冬には道路が凍る事があり、なかなか行きにくいですが、機会があれば公開の日に訪れてみたいものです。

石船神社

石船神社へのアクセス・行き方

電車の場合には、富士急行の禾生駅が最寄駅となりますが、路線バスは無いようで、歩くと60分くらい掛かりますので、ちょっと困難です。
駐車場は基本的に無いようですが、車の場合には、下記の地図ポイント地点に、2台程度止められそうでした。
集落のひっそりとした神社でして、境内にトイレなどはありませんので、ご注意を。

あと、近くには日帰り温泉「月待ちの湯」もありますよ。
芭蕉・月待ちの湯

護良親王と興良親王【足利尊氏に対抗した生涯】
雛鶴姫~後醍醐天皇の第1皇子である護良親王の子を宿すも秋山へ
護良親王の墓と鎌倉宮(大塔宮)
淵辺義博と淵辺義博居館・淵野辺の地名
後醍醐天皇の負けず嫌いな執念と室町幕府や南北朝時代になった背景

 

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