戦国伝~武田家~完全攻略~信長の野望「創造」パワーアップキット

信長の野望 創造 武田家


 信長の野望「創造」での武田家に関する「戦国伝」の内容です。
 戦国伝としては、武田信玄が成し遂げられなかった「西上」を成功させる事ができるので、私的にはかなり面白くプレイさせて頂きました。

★パワーアップキット 追加 戦国伝情報

(1)諏訪家との和睦

 1534年の「信長誕生」でスタートすると、すぐに戦国伝が開始されます。
 達成条件は「諏訪家の信用を60にする」ですので、簡単です。
 内政などもしつつ「外交」→「工作」から、諏訪家に使者を送り、信用度を60以上に上がるのを数か月待つだけです。
 武田家の当主が武田信虎以外になったり、諏訪家と戦争状態となると失敗します。
 達成すると、諏訪家とは永久的な同盟状態となり、次の戦国伝「花倉の乱」が自動的に開始されます。



(2)花倉の乱

 これも簡単です。
 内政などもしつつ「外交」→「工作」から、今川家に使者を送り、信用度を100になるのを待つだけです。
 あと、できれば「外交」→「朝廷」で、朝廷の信用度を100にして、そのまま100で使わないでおきしょう。あとあと役に立つかもしれません。
 今川家の信用を100にすると、武田晴信が三条夫人を正室に迎えて、今川家と同盟となり「信虎追放」の戦国伝が開始されます。

(3)信虎追放

 まず「諏訪家の信用を100にする」ですが、最初の戦国伝の際、そのまま工作を続けていれば、既に100だと思います。
 その為「村上家の信用を60にする」ため、また工作を行いましょう。
 そして「砥石城を支配下に置く」です。ちょっと遠いですが、全軍を発して、全力で取りに行きます。
 うまく行かなかった時に備えて、念のため「セーブ」してから行うと良いでしょう。
 達成すると武田信虎が駿河に遊びに行き、信虎追放のムービーがスタートして、成し遂げられます。
 そして、軍師・山本勘助が家臣に加わりますが、せっかく落城させた難攻不落の砥石城は、村上義清のものになってしまうんですね。残念。
 次は「諏訪侵攻」の戦国伝です。

(4)諏訪侵攻

 まずは「諏訪家との婚姻同盟を破棄する」です。「外交」→「交渉」から、破棄します。戦国の習いです。
 破棄できたらすぐに上原城を攻撃したいので、先ほど砥石城を攻撃した3部隊は、そのまま砥石城で待機させておいても良いでしょう。
 諏訪家との同盟が破棄できたら、砥石城に駐屯している部隊は、自動的に砥石城を包囲開始します。
 砥石城には村上家の部隊が入っておらず、すぐに陥落できるので、そのまま包囲して「砥石城を支配下に置く」も先に手を打ってから、上原城を包囲しても良いでしょう。
 ただ、そうしたら、山内上杉家が、富士吉田城へ攻撃を仕掛けてきました。
 そこで、私の場合には、富士吉田城まで敵を引きつけて「軍議」の画面の時に「要請」→「和解」にて朝廷に入ってもらい、6ヶ月間の停戦をしてみました。このような緊急時の為に、事前に朝廷工作で100にしておいた次第です。
 「上原城を包囲する」を達成したら、そのまま部隊を高遠城に向けて「高遠城を支配下に置く」達成しましょう。
 ただ、残りの兵糧が厳しいかも知れませんので、購入など注意して下さい。
 高遠城を占領すると、真田幸隆が家臣に加わります。名将ですので、大変重宝します。
 「砥石城を支配下に置く」も達成すると、次は自動的に「信濃統一」の戦国伝に移りますが、長陣となった部隊を一度全軍撤退させ、兵力回復してからで良いでしょう。

信長の野望 創造 武田家

■信濃統一 (1551年「家督相続」開始直後)

 1551年で開始すると、すぐに「信濃統一」の戦国伝が開始されます。
 ですが、ちょっと収入が不安なので最初の1ヶ月は「商業」に投資して、2ヶ月目に出陣してみました。
 念のため、葛尾城周辺の「国人衆」を「懐柔」して、村上家に協力しないようにしておきます。
 まず「葛尾城を包囲する」と、ムービーが開始されます。史実でも武田信玄から勝ち続けていた村上義清が、越後の長尾景虎を頼って逃亡します。包囲するだけで、葛尾城が手に入るので助かりますね。
 その勢いで、部隊を木曽福島城に転進させて「木曽福島城を包囲する」と木曽家も降伏して、木曽福島城をなんなく手に入れ「信濃統一」を達成しました。
 すると「甲相駿三国同盟」の戦国伝が開始されます。

■甲相駿三国同盟

 まずは「今川家と縁戚になる」です。これは、先に今川家と婚姻同盟を結ぶ必要があるので、北条家と先に婚姻同盟しないよう、注意しましょう。
 先行して「工作」を開始していても良いでしょう。
 今川家との信頼度が100になったら、ムービーが開始され自動的に今川義元と姻戚関係になります。
 続いて、北条家にも「工作」で信頼度を100にすると北条氏綱とも姻戚関係となり、三国同盟が成立します。
 すると、一旦は戦国伝は終了となりますが、次の「川中島の戦い」に向けて、海津城を築城することにしました。
 ※甲州法度次第ができるイベントも発生しますが、特に作業などは必要ありません。
 
■川中島の戦い

 葛尾城の北にある「海津」の地に「築城」します。
 築城した「海津城」には、史実どうり、高坂昌信を城主に「任命」してみました。(必ずそうしなくても大丈夫なようです。) 
 
 あとは、内政を行いつつ、ひたすら、上杉政虎(のちの上杉謙信)が、川中島に挑んでくるのを待ちます。
 ここで気が付いたのですが、武田家臣に板垣信方がいなんいですね。村上義清との上田原の戦いで、甘利虎泰と討死したのが1548年ですので、既に亡くなっていると言う設定のようです。
 史実の第4次・川中島の戦いは1561年ですが、信長の野望「創造」では、平井城上杉憲政が、北条家に追われて越後に逃れないと「川中島の戦い」の戦国伝はスタートしないようです。
 待っている間、箕輪城を取ったりしておきました。
 戦国伝「川中島の戦い」の開始前に、海津城を築いてしまっていましたが、問題はありませんでした。

 「上杉政虎が妻女山に布陣するのを待つ」は、上杉政虎が単騎3000で美女山にやってくるのを待ちます。と言うより向かって来たら「武田信玄、武田信繁、山本勘助が川中島で待ち伏せする」をすぐに実行できるように、武田信玄、武田信繁、山本勘助の部隊を川中島に向けるとスムーズです。
 ※パワーアップキット版からは、自動で川中島の戦いが発生するようになった模様です。
 「馬場信春と高坂昌信が妻女山に上る」は、すなわち、上杉政虎が布陣している美女山の地点に部隊を向ければOKです。
 部隊は大将・武田信玄、副将・武田信繁、副将・山本勘助の部隊を適切な城からと、馬場信春と高坂昌信の1つの部隊を海津城から出せると良いので、事前に武将の配置もしておくと良いです。

 川中島イベントが開始されると「馬場信春と高坂昌信が川中島に戻る」と言う戦国伝に移りますので、自動的に馬場信春と高坂昌信の部隊を川中島に移動します。
 しかし、有能な武将である武田信繁と山本勘助の2人を失うのですね。これは痛い・・。
 このあとすぐに「上杉政虎を撃破する」の戦国伝となりますので、川中島にいる部隊で撃退します。
 上杉政虎を撃退した部隊が城に戻ると、次の戦国伝が開始されます。

■駿河侵攻

 まずは「評定」の「家臣」「追放」から、「武田義信を追放」するのですが、その後「山県昌景北条氏政を撃破する」と言う戦国伝も控えているので、飯富昌景(のちの山県昌景)を躑躅ケ崎館など、北条家と戦いやすい位置に「移動」させておきましょう。
 その次には「駿府館を制圧する」です。駿府城を攻めます。
 今川家の城が余り残っていなかったら、すべて占領してしまいましょう。
 次は「山県昌景で北条氏政を撃破する」です。
 北条家との同盟が破たんして、北条氏政が6000で攻めてきますので、山県昌景の部隊も出陣させて、迎撃します。
 山県昌景の部隊が、北条氏政の部隊と接触すると、イベントが開始されて、赤備え隊が活躍して、簡単に6000を打ち破ってくれます。
 そして、間もなくすると、いよいよ西上です。

■西上作戦 (シナリオ「信長包囲網」開始直後)

 徳川家・織田家が強敵ですし、その先も距離があり、京に辿り着くにはかなりの長期戦となります。
 従属できる大名家がいたら、従属させ、北条家だけでなく、上杉家とも事前に「同盟」していると良いのですが、背後も心配です。
 私の場合は、北条家とは婚姻同盟し、上杉家からは抵抗を何度か受けつつ、西上致しました。

 西上作戦は、徳川家と同盟していると開始されません。(同盟が解ければ、自動的に開始されます。織田家とは同盟関係でもOK)
 北から長篠城を攻める部隊と、東から東海道を進む部隊と2軍に分けると良いかと存じますが、武田信玄の部隊はうまく誘導して「武田信玄が浜松に入らず三方ヶ原に入る」を達成しましょう。
 無事に三方ヶ原に到着すると「武田信玄が徳川家康を撃破する」のムービーが開始されます。

 武田信玄の部隊はスゴク強くなっています。敵部隊が混乱して、すぐに壊滅できます。しかし、とにかく京都までは遠すぎます。
 しかしご安心ください。史実と異なり、武田信玄は病死しません。
 でも、いくら強いと言っても、戦えば兵力も減少しますし、獲得した新しい城を任せる武将も不足しますので、徳川家を滅亡させたら、一度、全軍帰城させて、改めて織田家と挑んでも良いかと存じます。
 また、武田信玄が強いので、武田信玄の部隊の兵数が大きくなるよう、占領した城で兵士数が多い城に「入城」させて、その城の大きな兵数にて、新たな部隊で出陣する事を繰り返して、西上を進めても良いでしょう。
 もちろん「本拠」も前線方面に移動しないと、うまく指示が出せません。
 織田家を滅ぼした頃には、畿内の多くの大名が「従属」できると存じますので、そうなると、敵も少なくなり、西上はラクになります。
 「二条御所を支配下に置く」ことで、西上作戦は完了です。
 板垣信方などの特典武将が、登録武将の欄に追加されました。
 お疲れ様でした。

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    • たけぼうき
    • 2015年 10月 06日

    月一の投稿ですみません。

    ようやっと信長の野望 創造PKをGETしました。
    無印はやりこみました(?)が、PK 海野氏で始められるのがいいですね。
    海野棟綱は高齢・息子の幸義は能力不足で早く真田幸隆に代替わりさせたいけど縁組がなかなかできないのが難ですね~
    相変わらずの真田びいきですが、武力統一頑張りますよ。
    (週1 1~2時間程度なのでいつになる事やらですが・・・)

    • 高田哲也
    • 2015年 10月 06日

    たけぼうきさま、コメントありがとうございます。
    海野氏で開始するとは、スゴイですね~。
    私も、海野氏でやってみようかな?
    ご投稿ありがとうございました。

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