高森恵光寺快川 長篠の戦いで討死した武田家一門の武将



高森恵光寺快川は、設楽原の戦い(長篠の戦い)で討死した武田武将の中で、織田信長が首実検した記録の中に「高森恵光寺」の名が見られます。
長篠では、主従全員討死し、詳細は不明とされていて、謎の武田武将と言う事になっていますが、それは間違えでして、全く謎と言う事はありません。

武田信重と言う、甲斐武田氏の第14代当主がいます。この武田信重は剃髪して高野山に入り帰依した武将として知られますが、この武田信重は1444年に塩山の竹森に、玉宮神社(現在の玉諸神社、たまもろじんじゃ)を建立しました。
この竹森の地こそ、古くは「高森」と呼ばれているのです。
例えば、甲斐の塩山にある向嶽寺は、抜隊得勝がこの高森の地に草庵を構えたのが始まりです。現在の地名は塩山市竹森です。
すなわち、設楽原の戦いで討ち死にした「高森恵光寺快川」は、この塩山の高森(竹森)にゆかりある事がわかります。

恵光寺の名に関しては、下記の通りです。
武田信重が、高森(竹森)の福応寺・恵雲法師に帰依した際、六男を弟子に入れたと言います。
この6男は恵光寺周快と名乗る僧侶になっており、同じ竹森地区に延命院(延命禅院)を1476年に創建もしています。
恵光寺周快の俗名は高森光守(高森左馬助光守)で、僧侶でありながら、武芸にも優れた武将として竹森下切に館を構え、高森領主として高森(竹森)を知行しました。
武田家の分家であるため、恵光寺武田家とも呼ばれます。

兄弟には武田信守・穴山信介・小佐手永信(小佐手氏の祖)・八代基経・下曾根賢信(下曾根氏の祖)などがいます。

恵光寺周快のあとは、恵光寺慶臨-恵光寺善勝-恵光寺宗賢と続きました。



1575年の長篠の戦いでは、恵林寺などの資料に「高森恵光寺」設楽原討死とあります。
恵光寺宗賢(武田宗賢)の子が出陣して討死したとあるのですが、山梨の記録では、その恵光寺宗賢の子の名前は法名の竹森院華林芳香禅定門とだけ判明しており、俗名は不明になっています。

そのため、織田側の記録にある、討死した武将の「高森恵光寺快川」は、恵光寺宗賢の子である可能性が高いと思われます。

武田家滅亡後の1583年、恵光寺宗賢高森(竹森)に宝授院を創建し、亡くなった息子の菩提を弔いました。
この宝授院は小倉山の南にあります。

高森恵光寺快川の墓

上記写真は、長篠にある高森恵光寺快川の墓です。

では「高森恵光寺快川」は、いったい、長篠の戦いをどのように戦ったのでしょう?

どうも、竹森領主・武田宗賢(恵光寺宗賢)は、武田信実(河窪信実)の指揮下に入ったようで、長篠城を囲む鳶ヶ巣山砦に入っていた模様です。

武田宗賢は80騎を率い、三枝守友ら800騎と、浪人衆を率いた名和重行ら200名で鳶ヶ巣山砦にいたようですが、酒井忠次らが背後から襲い、ほぼ壊滅状態となり、鳶ヶ巣山砦から設楽原の武田勢に合流したようです。
竹森武田家は滅亡したとされていますが、武田宗賢(恵光寺宗賢)は生きて帰ったようです。
ただし、恵光寺玄孫が討死したとする記録があります。

「玄孫」と言うのは、名前では無く「やしゃご」ですね。
5世(4代後)と言う意味ですので、初代・恵光寺周快-恵光寺慶臨-恵光寺善勝-恵光寺宗賢の次の人物と言うことです。

となると、宝授院に弔った竹森院華林芳香禅定門の人物は、恵光寺玄孫と言う事で、この討死した僧侶こそが、高森領主・恵光寺武田家の高森恵光寺快川であると推定できると存じます。
他にも情報をお持ちの方がおられましたら、是非、下記のコメント欄から情報提供賜りますと幸いに存じます。

長篠の戦い(設楽原の戦い)についてはこちら

 

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