安東政季までの安東氏盛隆~安藤康季と安藤義季

安藤氏

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安藤康季安藤義季

1395年、室町幕府の将軍・足利義満は、津軽十三湊下国の安藤盛季の弟・安東鹿季を、出羽国秋田(上国家)の新領主とし、秋田城介の討伐を行っています。
十三湊の安東盛季が南部義政に敗れたあと、下国氏は子の安東康季が継いでおり「奥州十三湊日の本将軍・安倍康季」と文献にあり、天皇までが十三湊安藤氏を「日の本将軍」と認めていました。

日の本将軍・安藤康季(あんどう-やすすえ)は、下国安東氏の2代目当主となり、陸奥守に任命されたと考えられます。
その安藤康季の子が安藤義季(あんどう-よしすえ)となりますが、父と共に生年は不明です。

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足利満隆の謀反を討伐して陸奥守に任じらた智将としても知られる、聖寿寺館の南部守行は、1416年には上杉禅秀の乱でも功績を挙げます。
そして、1411年、南部守行ら南部氏は、その勢いをもって安東一族への攻撃を開始しました。
南部守行は八戸南部氏とともに秋田へ軍を進め、黒石城を落城させると駐留して藤崎城を落としました。
これに対して、安藤康季と安藤義季は十三青山城、福島城、唐川城、柴崎城などで、南部家に対して激しく抵抗しています。

安藤盛季は娘を南部守行の嫡男・南部義政(なんぶ-よしまさ)の正室にと、1440年に差し出しますが、一時しのぎにしかならなかったようです。

そして、ついに1443年、南部義政に攻撃され、安藤康季と安藤義季は、十三湊から蝦夷地へと逃れたとされます。

福島城の北方にある唐川城は、南部氏に対して最後に抵抗した城だと言われています。

蝦夷に渡った安東氏は再起を図り、安東定季を蝦夷・大舘に残して、1445年に津軽西浜に上陸すると、引根城を築城しました。
安藤康季亡きあと、安東義季は享徳2年(1453年)に三戸南部氏に敗れて自刃し、下国家直系は断絶しました。
こうして、従兄弟の子である安東政季(安東師季)が下国家と安東水軍を継いだのです。

安東政季(安東師季)

檜山系安東氏の第4代当主となった安東政季(あんどう-まさすえ)は、安藤重季(しげすえ)の子とされますが、不明瞭です。
1454年(享徳3年)、南部氏との戦いに破れ、武田信広とともに下国家の勢力が残っている蝦夷地に渡りました。
そして、上ノ国・花沢館蠣崎季繁を頼ります。
なお、武田信広はのちに蠣崎季繁の養女となった安東師季の娘と結婚しました。

この安東政季(安東師季)も再起を図り、1456年(康正2年)に行動を起こします。

蝦夷の茂別館には下国守護として安東家政を配置、亡き安藤義季の弟ともされる大館館主・下国定季は松前守護とします。
そして、道南十二館を定め、花沢館には蠣崎季繁(上国守護)を置き、分家で秋田郡の領主になっていた秋田城介・安東尭季(安東惟季)の招きを受けて、秋田小鹿島(秋田県男鹿市)へと戻りました。
なお、葛西秀清と言う武将を倒して、檜山城の築城を開始し、安東家の本拠としています。

その後、代替わりが激しい南部家から津軽を回復し、室町幕府の将軍・足利義政の偏諱を受けてると師季から政季と改名しました。


なお、安東政季は、1488年8月10日に、河北糠野城にて家臣・長木大和の謀反にて、自刃したと伝わります。

檜山安東氏は、安東忠季、安東尋季、安東舜季、安東愛季、安東実季(秋田実季)と5代続き、戦国大名となりました。
その一方で、蝦夷の支配権は蠣崎慶広が実質独立勢力化しました。

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